2026年9月30日水曜日

【本】白井聡『かわいそうな日本の私』(ビジネス社)

  この本、奥付には発売が10月1日となっています。しかし、わたしは、今日読み終えました。

 たいへん面白い内容でした。面白い、というのは、要するに得るところが多い書物であるということです。紹介したい個所がいっぱいありすぎるので、少しだけ紹介します。

 末尾に、左派リベラルの実態への言及があります。「左派リベラルの人たちのなかには、何かに反対したり、何かを止めようとしたりする運動を展開するとき、すべての参加者が同じ世界観を持ち、同じ考え方でなければ拒絶反応を示す人々がいる。」(287頁)

 わたし自身、そのような運動に参加してきましたが、今はほとんど参加していません。ここに引用した志向をもった人々と接することがいやになってしまったからです。

 「統一戦線」ということばがむかしありました。今では、ほとんど死語になっています。考え方などが異なっても、この点だけでは一緒になって行動しよう、ということから運動をつくり出すということもしたことがあります。だも、これを維持するのは難しいのです。わたしには属する政治的な団体や組織はないのですが、そうしたところに属している人の中には、「この点だけ」ではなく、あれもこれも入れようとするのです。「同じ考え方」への同調を求めてくるのです。 

  また、運動する人たちの中には、「俺が、俺が・・・」という人もいます。いかに自分自身が運動の中で中心的なことをしてきたのか、あるいはすごいことをしてきたのかを自慢する人です。 

 いやですね。 

 だから今は、完全にone of them 、つまり個人として参加し、わたしのことを知らないような人たちのなかに混じって動く、という運動だけ、参加します。ということは、地元の運動には参加しないということです。

 この本を読んでいると、そのとおり!と思うところがいっぱいあります。白井さんは、かなり忖度することなく鋭く批判をしています。このような自由な批判を行うことはとても大切なことだと思います。

 「中道改革連合」を結成した中心人物に、野田佳彦という人がいます。この人について、「野田佳彦氏は旧民主党を二度までも壊滅させた(括弧内略)咎を責められがちだが、「野田氏は、本当は自民党の秘密党員なのだ」と仮定するならば、この上なく優秀なスパイである」(242頁)と書かれています。今まで、自由民主党にいた方がフィットするのに、なぜ民主党なんかにいるのだろうと思っていました。白井さんの指摘通りだとするなら、理解できます。

 この本、付箋だらけです。1900円+悪税で、そんなに高い本ではありません。読んでみたらいかがでしょうか。

 

 

2026年9月29日火曜日

人口が減る

  今日のニュースに、「総人口2.5%減、1億2297万人 外国人384万人で過去最多 25年国勢調査」というものがありました。

 この人口減少は、将来の日本のありかたを決めると思います。とにかく、子どもの数が減っているのですから。近所の小学校は、軒並み、学級数が減っています。あるいはあちこちで、小学校の統合や、小学校と中学校を合体させるということも行われています。

 なぜ子どもが、こんなにも減ってきたのでしょうか。

 わたしは、財界の責任が大きいと思っています。

 ここに、『東京新聞』の「非正規増やす95年提言 作成者/「経営者 人の大切さ忘れた」」という記事のコピーがあります。

 1995年、日本経営者団体連盟(日経連、現在は経団連)が「新時代の日本的経営」という報告書をまとめました。

 当時は円高でした。輸出企業などが困っていました。円高のために、日本の労働者の賃金を国際的に比較すると相対的に高くなっていたからです。だから、労働者の賃金を下げたいという欲望が高まり、日経連は、労働者を「長期蓄積能力活用型」、「高度専門能力活用型」(専門的な能力を持つ人)、「雇用柔軟型」(ふつうの労働者)にわけ、「長期・・・」だけを正社員として 、あとは非正規雇用にしようと提案しました。

 経団連などはこれにとびつき、政府にそれを実現させようとしました。その結果、徐々に非正規が増やされ、小泉純一郎内閣のとき、自動車など一般製造業に非正規を雇用しても良いということになり、一挙に非正規の雇用者が増えました。一般企業は勿論、教育現場や役所などでも非正規は増えていきました。正規雇用は増やさず、非正規で賄うという形態が一般化しました。

 もちろん非正規は給与が少なく、正規なら昇給もありますが、非正規はそうしたことがほとんどなく、低賃金のまま働き続けるしかありません。その結果、結婚も出来ず、したがって子どももつくれませんでした。それがもう30年以上続いているのです。

 だから、わたしは、少子化の原因をつくったのは、財界と政治家だと思っています。ということは、現在の経済的な衰退も、彼らの責任だと思っています。

 労働力が足りない(それはあらゆる現場の声です)ということから、外国から働く人を招くようになりました。でも、あくまで外国人は低賃金労働力としてのみ日本国内に置くのです。

 ここでたいへんなことが起きています。日本経済は、外国人労働者に依存しなければ立ちゆかなくなっているのに、高市某は「排外主義」的な政策を強化し、外国人にとって住みにくくするというアホな政策を強めています。

 これらに貫かれているのは、日本人の労働者でも、外国人労働者でも、財界は労働者は低賃金でなければならないと考えているということです。使い捨て、とも言えます。

 そうしたやり方が、日本を衰退させてきました。

 冒頭の記事の中で、この報告書を書いた成瀬健生さんは、「私が日経連でお付き合いした経営者はもっと人間を大事にしていた。今はお金だけためて人間を育てることを忘れてしまった」と嘆いているそうです。

 でも、そういうシステムを提案したのは、あなたなんですよ。システムに沿って人間は動く(この場合は経営者です)のですから。あなたは罪作りなことをしましたね、とわたしは、この方に言いたいと思います。

 非正規を減らして、正社員を増やす、なんてことをどこもやっていないじゃないか。役所ですら・・・・

 人を雇う側が、人口減をつくり出してきたのです。

 

2026年9月28日月曜日

「パンダ外交」

  パンダは、子どもたちに人気があります。わたしも、何度か上野動物園に足を運び、可愛いパンダを見ています。でも今、日本にはパンダはいません。

 中国は、世界的に人気があるパンダを外交に利用しています。習近平さんは、今回パンダを2頭貸与するにあたり、「パンダは中米両国人民の友好の使者だ」と語ったそうです。

 貸与されたパンダがアメリカに到着したとのこと、アメリカはこれで6頭になったそうです。

 日本にパンダが貸与されることはあるのでしょうか。中国を過度に敵視し、対中国の軍備増強を急いでいる高市某が首相である限り、パンダが貸与されることはないでしょう。

  でもおかしな話しです。アメリカが台湾をめぐって中国と戦闘に入ったときが「存立危機事態」になり、日本の自衛隊も中国と戦うようなことを言っていましたが、でも、習近平がアメリカに到着した時、トランプは空港まで出迎えました。高市某がアメリカについたとき、誰もいませんでした。なぜか誰もいないのに、高市某は手を振っていました。あの写真を見たとき、高市某はおかしな人だと思いました。

 高市某は、「日米同盟の固い絆」などと言っていますが、アメリカは日本を属国だとみていますから、軽視される、軽視される。日本は、アメリカにとってATMですから、アメリカはカネを日本からむしり取るときだけは、いい顔をします。でも、今回の日米会談は、それがありませんから、トランプはいい顔をしませんでした。そうしたトランプに対して、媚態をつくってじっと見つめていた高市某に、わたしは気持ち悪さを覚えました。

 今、日本が先頭に立って、中国と戦う姿勢を示しています。でも、経済状態、軍事力の差などをみると、中国とは戦争なんか出来ないのが日本です。日本は、もはや先進国ではないのです。 人口が減るだけではなく、経済力も落ちています。己を知ることから、高市某にははじめて貰いたいですね。

 アメリカと一緒に中国と戦う?アメリカにはパンダが6頭いるのですよ。 

  

映画「山の郵便配達」

  ユーチューブの番組を見ていたら、脇にこの映画の案内があった。この映画は、過去に観たことがあり、とてもよかったという記憶があった。中国映画である。

 「山の郵便配達」 

 そんなに長い映画ではないし、ドラマティックな場面もない。ただ父と息子が、山の中の聚落を、郵便を配達してまわるというものだ。それも歩いて。

 でも、観ながら、いろいろな思いが湧きあがる。家族のこと、人びととふれあうこと、同時に、人びとと心を通わせること。 そして人間とは如何なる存在なのかについても考えさせられる。

 とてもよい映画だ。 

民泊政策の失敗

  昨日の『東京新聞』の第一面は、「東京全23区 民泊制限へ 国策「大量供給」地域にツケ」である。民泊が現在のように一般化し、また同時に問題が出て来たのは、2016年1月、安倍首相が施政方針演説で「外国人観光客三千万人を目指し民泊を拡大する規制改革を進める」と語ったことから、民泊が動き始めた。民泊開設に伴う数々の弊害(騒音、ごみ出し・・・・)の責任は、この安倍首相にあることを認識すべきである。

 現在もそうだが、「失われた30年」という自由民主党と財界の国民貧困化政策の中、日本の国内消費は伸びず、GDPも伸びない、そこで外国人に来てもらってカネを落として貰おうというさもしい政策であった。2017年「住宅宿泊事業法」が成立し、民泊政策が本格的に動き始めた。

 この民泊に関しては、民泊施設に必ず管理責任者が常駐し、24時間の対応を可能にすべきである。そうでなければ廃業させるくらいの厳しい指導が必要だ。日本国民のなかに外国人に対する嫌悪が広がっているように思われるが、政府や自治体が、カネ儲けをしたい人びとに対してのみ規制緩和を進めたことによる弊害がそれを生みだしたこともあるのではないか。 

 わたしが住む地域には、民泊というものはない。ありがたいことである。しかし我が家の裏にあるアパートには、外国人が住んでいる。今はフィリピンとカンボジアである。それまでもベトナム人などが住んでいた。

 アパート所有者は管理責任をまったくとらず、某住宅賃貸会社に管理を丸投げをしている。住宅賃貸会社も、まったく責任をとらない。こういう業種に関係する人びとは、カネ儲けができればそれでよい、という人が多いようだ。

 ではごみ出しルールの告知は誰がしているかというと、私たち住民がやっている。カンボジアから来た青年たちは、近くの野菜をカットする会社に勤務している。彼らに何度も接する中で、会社の幹部が名刺をもって会いに来た。初めてのことである。今まで、外国人を雇用する会社は、従業員が地域に問題を引き起こしていても、知らぬ存ぜぬだった。

 外国人なしには、日本はすでに成りたたなくなっているのであるから、雇用する会社は、地域住民との間に摩擦が起きないように対応策をとるべきである。 

 総じて、日本国家の外国人政策は、一面では低賃金で働く労働者、他面ではカネを落とす旅行者、まさに外国人を人間としてではなく、カネにまつわる手段としてしか位置づけてこなかった。 それが民泊問題にも表れているように思う。その背景には、財界や業界団体の要求だけに耳を傾け政策を展開してきた政府の利権体質がある。

 人びとが、日常的に政府や自治体が行うことをしっかり監視することをしないと、この国は悪くなるばかりである。

 

 

2026年9月26日土曜日

国連総会  The UN General Assembly.

  国連総会で、日本の首相・高市某が演説したそうです。しかし、聴いている人はとても少なかったそうです。それはそうでしょう、日本には外交はありませんから。日本はアメリカ合州国の属国、アメリカの言うことを素直に聞き、アメリカの許容する範囲でのみ外交活動を行っていることを世界が知っています。だから、日本がどうするのかを知るよりも、アメリカの行動を見ればよいのです。

 またイスラエルのネタニヤフ、「イスラエルが大量虐殺を行っているという批判は今世紀最大のうそだ」 という大ウソを話したようです。そういう大ウソをつくことを知っていたのか、あるいはネタニヤフの演説なんか聞きたくなかったからか、多くの国の代表団が議場から去ったそうです。

 イスラエルとアメリカによるイラン攻撃はじめ、国際的な秩序の破壊者は、まずもってこの2カ国ですから(もちろん、ロシアも同じような国家です)、こういう国家への、世界の人びとの不信感は強くなっています。

 ネタニヤフが、こうした大ウソをついても、無数の事実がイスラエルによる虐殺を証明しています。

 アメリカは言うまでもありませんが、イスラエルが世界の人びとの信頼を獲得することは、永遠に無理だと思います。ホロコーストの被害を多くのユダヤ人が受けたことも事実ですが、イスラエルはみずからホロコーストを21世紀に繰り広げているのです。

 

I hear that a certain Japanese Prime Minister named Takaichi gave a speech at the UN General Assembly. However, it seems very few people were listening. That’s to be expected, since Japan has no foreign policy of its own. The world knows that Japan is a vassal state of the United States—that it obediently follows America’s lead and conducts diplomatic activities only within the limits permitted by the U.S. Therefore, rather than trying to figure out what Japan will do, it’s enough to simply watch the U.S. for clues.

 Also, Israel’s Netanyahu apparently told a massive lie, claiming, “The criticism that Israel is committing genocide is the biggest lie of this century.” Whether they knew he would tell such a massive lie or simply didn’t want to listen to Netanyahu’s speech, delegations from many countries reportedly walked out of the chamber.

 Israel and the United States—not to mention Russia, which is similarly behaved—are the primary destroyers of the international order, starting with their attacks on Iran. Consequently, the world’s distrust of such nations is growing stronger.

Even if Netanyahu tells such blatant lies, countless facts prove that Israel is committing genocide.

 Needless to say, this applies to the United States as well, but I believe it will be impossible for Israel to ever gain the trust of the world’s people. While it is true that many Jews suffered during the Holocaust, Israel is itself perpetrating a Holocaust in the 21st century.

Translated with DeepL.com (free version)

 

2026年9月25日金曜日

批判を忌避する社会と「春ねむり」

  日常の会話で、政治に関する話題はほとんどありません。最近は、トランプアメリカ大統領が目に余る言動に、トランプを早く辞めさせるべきだという声を聴くことがありますが、それは珍しいことです。

 それは芸能界でも同じようで、最近「れいわ新選組」の代表を降りた山本太郎が、かつて原発問題で声をあげたら仕事のオファーが来なくなって政治の道へ進んだというようなことを言っていましたが、政治の話、とりわけ現政権、自由民主党への批判はタブーのようです。ということは、芸能界などは、基本的に自由民主党の支持者で固まっているということなのでしょうか。

 そういえば、日本には色々な業界団体があって、それぞれが自由民主党とつながり、ばく大な政治資金を提供しています。福岡県議会の自由民主党などの議員たちの醜聞が公になり批判されていますが、そうした議員を当選させてきたのが、業界団体であり、また選挙民です。

 その醜聞の内容は、カネまみれ、利権まみれで、それぞれの議員の行状は、議員としてだけではなく、市民としても品性劣悪な方々としか言いようがありません。選挙民は、そうした人びとを当選させているのです。

 最近、歴史講座で戦後の歴史を話していたとき、聴講者から、日本の経済はどうしてこんなふうになってしまったのか、と問われました。わたしは、1995年以降の、財界(とりわけ輸出企業)の要請に応じて働く人びと(ということは市井の人びと、ということです)の経済生活を貧しくさせてきたからで、他国はふつうに経済が発展してきたわけです・・・・、財界の利益を最優先させている自由民主党という政党に、選挙民が投票し続けてきたからです、と答えました。

 政権、自由民主党を批判する動きが一般的なれば、日本の経済や社会も健全になるでしょう。批判がなければ進歩はありません。

 そういえば、最近、ロックというか、歌の世界で、批判的な精神を歌い上げている女性を知りました。「春ねむり」というひとです。わたしはアップルミュージックと契約しているので、検索すればすぐに聴くことができます。ユーチューブでも聴くことができます。彼女は、市民運動の場でも歌っています。ということは、批判しない人びと、批判的精神を持ち合わさない人びとによって成立しているテレビなどには出演しないということです(テレビは、だから偏向しています、偏っています)。

 社会の各所で、批判的な言動が出てこれば、日本の市民社会も健全になっていくはずです。

 

2026年9月24日木曜日

ニュースを見て

  高市某が訪米して、トランプ大統領と会ったそうです。その写真がネットなどで見ますと、高市某の態度は「媚態」としかいいようがありません。みっともないということばがピッタリでしょう。おそらく彼女は、「媚態」を駆使して成り上がってきたのでしょう。

 中国の習近平主席も訪米しました。トランプ大統領は空港まで出迎えて、中国をいかに重視しているかを示しました。いつも隷属して、アメリカの言いなりになっている日本は、トランプにとってどうでもいい存在なのでしょう、何をしても日本はついてくるからです。

 それに引き換え、中国はアメリカの言いなりにはならないし、また経済力、外交力などあらゆる点で独自の振る舞いをしています。アメリカも中国を軽視できません。だから丁重に出迎えるわけです。

 高市某がアメリカの空港についたとき、誰もいないのに、なぜか手を上げている写真が流されました。アメリカにとっての高市某のPositionが示されたのだと思います。つまり誰にも相手にされない、ということです。ただ日本からカネをむしり取ることだけが、アメリカにとっての日本の立ち位置ですから、高市某なんてどうでもいいのです。

 

 さて話は変わって、今日の『東京新聞』の「本音のコラム」、担当は税法学者の三木義一さんです。三木さんは、むかし静岡大学にもいたことがあります。

 そのコラムによると、三木さんは「税務署別の平均所得金額」を算出したそうです。一位は、麻布税務署、平均所得金額は3535万円。最下位が輪島税務署、なんと190万円。利子や配当所得の一位も麻布税務署、何と平均は2億6000万円。一年間に、麻布の住人は、資本所得が2億円以上!

 何とも言えません。 

2026年9月23日水曜日

顔

  一定の年齢を経ると、その人がどのような人生を送ってきたのか、ある程度は推測できるようになる。普通の人の顔は、悪事を働いたりしてこなかった人びとがほとんどであるから、見ても嫌悪するようなものはほとんどない。

 嫌悪感を抱く顔を持つ人には、政治家が多い。権力欲、カネ、名誉欲・・・など、普通の人びとには余り縁がないことに執着し、そのために悪事を働いてきたからである。その悪事が子に出ている。

 ニューヨークタイムズが、 「画面から消えた大統領 メディア追放が裏目に… 最大の武器「テレビ」を失ったトランプの焦燥」という記事があった。トランプが特定のメディアを排除しているが、それに対して主要なテレビメディアがボイコットを開始したのである。

 トランプは、テレビで報じられることがみずからの支持を獲得するために必要だと考えていたようで、中見出しには「テレビに支えられた権力」という項目があった。

 日本の首相である高市某、わたしが見たくない顔のトップに君臨する政治家である。まさに嫌悪感を抱かせる悪事を働いてきた顔であり、また無能なくせにハッタリで生きてきた顔でもある。

 わたしはテレビを見ないので、高市某の顔がどの程度出ているのかは知らない。おそらくテレビ局は、高市某や自民党を固く固く支持・翼賛しているから、何度も出ていることだろう。

 問題はネットである。わたしはユーチューブの、高市某に批判的な番組はいくつか見ることがあるが、その番組のある意味のネット上の「表紙」に、あの顔が頻出するのである。AIか何かで作成したのであろう、あの顔がより悪く描かれてはいるが、それでもわたしは見たくはない。首相の顔を出さなくても、字で充分だろうに加工したあの顔を出している。

 だからユーチューブに接続すると、高市某批判の番組がずらっと並んでいて、わたしは見る意欲をなくしてしまう。

 高市の権力は、テレビとネットで支えられているのではないだろうか。 

 ついでに記しておけば、yahooニュースにアクセスすると、トップの記事に芸能界関係のものが多く、わたしの知らない人物が結婚したの、第一子が生まれたとか・・・くだらない記事が並んでいる。人びとはそんなにも芸能記事が好きなのだろうか。

  

2026年9月22日火曜日

まだ観ていないけれども


  映画「ヒンド・ラジャブの声」が、東京などで上映されている。わたしの住む浜松では、10月16日からシネマ・イーラで上映される。

 観なければならない、と思う。 

 応答しなければならない、と思う。

 

  

2026年9月21日月曜日

「学問の危機」ということ

  『現代思想』2025年10月号の特集は、「学問の危機」です。この特集が組まれた理由は、菅義偉首相が、6人の学者が日本学術会議会員に推薦されていたのに、彼らの任命を拒否したこと、それに関して訴訟が起こされているということからだと思われます。巻頭に、隠岐さや香「異論を封じる政治に抗して」、次の青井未帆「日本学術会議法と〈非・軍事〉のゆくえ」の二本が掲載されていることからもそう考えてよいでしょう。

 しかし「学問の危機」は、日本だけのことではないことが、この特集では取り上げられています。とりわけ、アメリカ大統領のトランプが、「政府方針に従っていない」ということ、また学生たちがイスラエルによるガザへの蛮行に抗議活動を行っていることを理由に、ハーバード大学などに圧力をかけました。

 また両角亜希子の「学問の危機と大学経営の課題」では、「2006年をピークとして10年ほどで多くの国で学問の自由が低下し、一部ではかなり深刻な事態に至っている」と書かれています。

 学問に対する攻撃は、世界的に起こっているようです。 

 この特集では、「学問の危機」を多面的な視点から論じられていますが、わたしも歴史を研究してきたひとりとして、学問それ自体が社会のなかで軽視され、蔑視されている、という思いをかなり前から持っています。

 それはまず歴史修正主義の台頭、こつこつと積みあげられてきた研究の蓄積を、何の学問的根拠も示さずに、非難攻撃し、最後には否定するという暴挙をみてきたからです。他者から借りてきた怪しい言説をそのまま大声で叫ぶ。あるいはそうした言説を書籍にして売り出す。それを読んだ者たちが、オウム返しで叫ぶ。そういう事態が引き起こされてからもうかなりの時間が経過しています。そういう人びとのなかに、理系の学問研究をされていた人も含まれていて、わたしは驚いたこともあります。

 学問研究への敬意が失われた、といってもよいでしょう。人びとがいろいろな場で発することば、一番はネットですが、会話の中でも、学問的裏付けのない言説を、人びとが平気で語るようになってきたと思います。学問研究の成果が、社会のなかに伝わっていない、ということに、ある時気づきました。

 「学問の危機」の背後に、そうした社会的な風潮があるように思います。とりわけ、その危機は、人文科学、社会科学の学問に表れています。政府も、文科省も、これからはカネ儲けに直結する理系を充実させようと、人文・社会科学に予算をまわさない、人文・社会科学の学部を減らしていくようなことも言っています。

 社会的な風潮は、自然に生まれるものではなく、権力の側が作為的につくりあげる、あるいはその方向に動かすなかでつくられていきます。

 わたしたちは、そうした作為を見抜かなければならないような時代にいます。警戒を怠ってはならないのです。

 では、「学問の危機」に抗するためにはどうしたらよいのか。これからはそれを考えなければなりません。 

2026年9月20日日曜日

「真面目に働いてください」?

  『週刊金曜日』1585号の巻頭、「風速計」で田中優子さんが首相に対して「もっと真面目に働いてください」と訴えていた。しかしわたしは、高市首相は、働いていないのではなく、理解力がないのだと思っている。彼女にとって難しいことは理解できないのである。

 今号の特集は、「質問するとSNSで叩かれる こんな社会に誰がした?」である。国会議員が国会で高市政権を批判したりすると、たちまちSNSで激しい非難が巻き起こるというのである。ろくでもない国家に、日本はなった、ということである。

 この背後には、おそらく自由民主党という政党があると思われる。以前、「Dappi」という企業が組織的にデマを流していて、その企業が自由民主党と密接につながってたことが明らかになっている。その事例をみれば、背後に自由民主党があることは容易に想像できる。

 組織的に、政府批判をする人びとに対して集中されるデマは、暴力そのものである。その暴力に支えられている政権が高市政権なのである。

 その高市政権、米軍が沖縄の米軍基地「嘉手納・普天間はPFAS汚染源」であると認めたにもかかわらず、日本政府はそれを隠し続けていた。人びとの健康や生活より、米軍の利益を優先し、問題にならないように隠し続ける。

 国民より米軍基地、これが自由民主党政権の特質である。 

2026年9月19日土曜日

「世のため、人のため」 “For the sake of society and others.”

  「世のため 人のため」。実はこれはわたしが理想とする生き方です。出来うる限り、そのように生きようとしていますが、一日として、これこそが「世のため 人のため」だと満足できた日はありません。でも、今でもそれが努力目標であり続けています。

 共同通信社のHP、「47レポーターズ」を読んでいたら、「ドローンショーや路上紙芝居で伝えるのは81年前の戦争の記憶  手を替え品を替え、多様な企画で「関心のない人に届けたい」」という記事を見つけました。読んでいて、この吉村大作さんは、とても立派な方だと思いました。

 吉村さんは、まさに「世のため 人のため」に生きています。感動しました。

 そして、これが吉村さんが制作した紙芝居「ケイちゃんの消えない雲」です。何カ国語でも読めるようになっています。

 いま、世界各地で、戦争があり、多くの人びとが苦しんでいます。戦争なんかすべきではない、平和がいちばん、です。

 この紙芝居がひろがって、世界が平和に向けて動いていったら最高です。 

 “For the sake of society and others.” Actually, this is the ideal way of life I aspire to. I try to live that way as much as possible, but not a single day has gone by when I’ve been fully satisfied that I’ve truly lived “for the sake of society and others.” Still, it remains my goal to strive toward even now.

 While reading the “47 Reporters” section on the Kyodo News website, I came across an article titled, “Conveying Memories of a War from 81 Years Ago Through Drone Shows and Street Kamishibai: Using Diverse Approaches to ‘Reach Those Who Aren’t Interested.’” As I read it, I thought Mr. Daisaku Yoshimura was a truly admirable person.

Mr. Yoshimura is truly living “for the sake of society and others.” I was deeply moved.

 And this is the picture-story show Mr. Yoshimura created, titled “Kei-chan’s Unfading Cloud.” It’s designed to be read in multiple languages.

Right now, wars are raging all over the world, and many people are suffering. War should never happen—peace is what matters most.

It would be wonderful if this picture-story show spread far and wide and helped move the world toward peace.

本を読む

  最近2冊の本を読みました。一冊目は、本多隆成『定本徳川家康』(吉川弘文館)です。本多さんとは共に自治体史をやったことから、本多さんの手法は良く理解しているつもりです。本多さんはきちんと研究史を踏まえ、一次史料に基づいて研究するという歴史家でした。「でした」と書くのは、惜しくも今年亡くなられたからです。

 本多さんは、後世に書かれた文献ではなく、一次史料を基本にして書かれるので、面白さはありません。歴史家と称され、名前ばかりが知れ渡っている人たちのように、江戸時代になって懐古風に書かれた様々な文献をつかって面白おかしくかくようなことはしませんでした。

 この本を読みながら、さすが本多さんだと思いました。近年の研究書も丹念に消化され、それらを踏まえて、実証的に家康の姿を描いています。これこそ、歴史家の書いた家康だと思いました。

 わたしも、何度かご一緒するなかで、厳しいほどの一次史料を駆使して研究し、叙述する方法を学び、そのような研究、叙述を心がけてきました。その点では、心から本多さんに感謝しています。

 もう一冊は、長谷川まゆ帆『歴史学の手引』(東京大学出版会)です。わたしがここ数回「ですます」調で書くようになったのは、この本を読んだからです。

 この本は、フランス史を中心としたヨーロッパ史の研究動向に対して、長谷川さんがどのように考え、影響を受けたかについて書いた本です。紹介されている膨大な本のなかの何冊かは私も読んでいますが、あまりに多くの本が紹介されているので、歴史研究はたいへんだと今更ながら感じ入っています。

 わたしも日本近現代史について研究、執筆してきましたが、そのために膨大な本を読んできました。今でも、家人に咎められるほどの本があります。

 何かをテーマにして歴史を描くためには、史資料がまずなければなりません。しかしその史資料を歴史の展開の中に位置づけるためには、そのテーマに関する著書や論文を読みこなさなければなりません。 わたしの場合は、一定のテーマを決め、それを研究していくということもありますが、いくつかの自治体史を担ってきたことから、当該自治体で発見された資史料をもとに歴史を描いていくということが多くありました。どんな資史料がでてくるかはわかりません、しかし史資料として残されてきたわけですから、それらを大切にして歴史を描かなければなりません。

 あるところでは、南京事件に関与した兵士の手紙を発見しました。南京事件はなかったという虚偽の言説が流されていたことから、その手紙の真実性を確定すると同時に、南京事件とは如何なる事件であったかを考えるため、あるいは事件の全体像を掴むために、膨大な本を買い集めました。

 それ以外にも、たとえば、大正期の製糸工場の資料がでてきました。またそこには女工の雇用関係の資料もありました。そうなると、製糸業に関わる本、女工の雇用に関わる本も読まなければなりません。

 こうして、我が家には本がどんどんたまっていきました。もう二度、古本屋さんにきてもらい持っていってもらいましたが、今なお大量に本があります。

 『歴史学の手引』を読んでいて、長谷川さんも大量の本があることが想像できます。歴史研究者は、誰でも膨大な本を所有しています。本書にはもちろん、ヨーロッパ史に関わる文献が紹介されているのですが、日本史でもそうですが、新たな視点からの研究がつぎつぎと発表されてきます。それらは、日本史の分野に於いても役立つ内容が含まれています。だからわたしも、数少ないですが読んできました。

 歴史研究というのは、従来からの方法で研究叙述していれば済むという面もありますが、やはり新たな視点で過去を振り返ると、今まで見えてこなかったもの・ことが見えてくることもあります。

 この本は、次々に現れてきた「新たな視点」、人口史、社会史・・・・が説明されています。歴史研究に携わってきた人々には、きっと面白く読めるだろうと思います。

 最近、わたしは『現代思想』2023年12月号の特集「感情史」を読んで、今まであまり注目されてこなかった「感情」に注目すべきであると指摘した小文を書きましたが、「新たな視点」はあんがい何度も出現するのです。

 本書は、「新たな視点」に関して、どのような研究がなされてきたのかを知ることができます。もちろん、ヨーロッパ史が主ですが。

 アウトプットをする人は、いろいろな文献を読んでインプットしないと興味を引く内容の研究はできないと思います。その意味でも、本書は読む価値があります。

 

2026年9月16日水曜日

9月16日

  毎年この日、わたしは静岡市の沓谷霊園に足を運びます。1923年9月16日、大杉栄、伊藤野枝、橘宗一の3人が陸軍憲兵隊員によって虐殺されました。この3人の遺骨が、静岡市の沓谷霊園に分骨・埋葬されているのです。

 断続的に(最後は2013年から2023年まで)、沓谷霊園では墓前祭が執り行われてきました。2024年からは、有志による墓参りが継続しています。

 大杉らの墓、墓前祭などについては、墓前祭実行委員会が発行していた「沓谷だより」が詳しく記しています。「沓谷だより」ほかについては、静岡県立中央図書館に寄贈されています。 

資本主義が地球を滅ぼす

  AIが暴走したというニュースが少し前に流されていました。AIが勝手に動いて「悪事」を働いたそうです。Matrixで描かれた世界が、実際に出現し、アメリカのAI技術者が、AIが地球を滅ぼす可能性が10%あると指摘しています。

 わたしはほとんどAIを使いませんが(一度、絵を描いて「この絵はどうですか」とAIに尋ねたところ、批判的な指摘は全くなく、全面的に褒めるばかりであったので、AIに失望しました)、周辺では使用している人が増えているように思います。

 AIもカネ儲けできるから、AIの開発はとまらないでしょう。世界の殆どは資本主義、世界中カネ儲けのために動いています。そうした世界では、カネ儲けは「正義」ですから、カネ儲けができることには制御装置がありません。

 昨日書いた気候変動の問題についても、国際社会になんとかしようという気運が芽生えたことがありましたが、しかしアメリカやロシア、中国など、そうした大国がこの問題をまったく無視しています。カネ儲けの論理は、「今だけ、カネだけ、自分だけ」ということに表れますから、その「自分だけ」は「自社」、「自国」・・・というように、「自分」が属する集団のカネ儲けも包含しています。

 しかし、資本主義社会では、カネ儲けは「正義」ですから、カネ儲けにつながることは正当化され、カネになるならなんでもやってよいという倫理なき倫理がまかりとおっています。

 こうなると、資本主義は地球を滅亡に導いていく可能性が高いというわけですから、もう資本主義は人類にとって捨てなければならないシステムになっています。資本主義にかわるシステムを設計しなければならない時が来ているのです。

 

2026年9月15日火曜日

地球が狂った?

  ずっと雨が降り続いています。今日の夕方、雨が止んだので畑に行きました。雑草が繁茂しているので、雨の合間をみて刈り取らなければなりません。草刈り機でひたすら刈りました。雑草は太陽の光がなくても、雨さえ降ればどんどん成長していきます。

 8月、この地方は猛暑が続き、雨が全く降りませんでした。猛暑は、今年で3年目です。4年前までは、8月でも16時頃からは農作業が出来ましたが、3年前からは16時では暑すぎて、せいぜい20分間くらいしか作業はできなくなりました。今年は、18時前に行き、さっと作業をして帰るというようにしていました。だから草取りができなくなり、雑草は伸び放題です。

 子どもの頃、気温が30度を越すのはまれでした。しかし今は、35度以上が当たり前、30度なら涼しく感じられることもあります。

 どうしてこんなおかしな気候になったのでしょうか。今日、隣の農家の方が、「地球は狂った」と言っていました。

 今年も気候に関するニュースが、世界各地から飛び込んできています。ヨーロッパでは40度を超えたという話、ネパールでは氷河が溶け、土石流で多くの人が亡くなりました。

 やはり地球温暖化が大きく影響していると思います。数年前から、この地域には今まで見たこともないような雑草が増えています。もう日本は、温帯地帯ではありません。

 地球温暖化に伴う気候変動が、世界の人びとを苦しめるようになっています。このまま灼熱の地球になるのを防がなければなりません。そのためには、国際社会が知恵を出して、何とか温暖化を防ぎ、もとに戻していかなければなりません。 

 ところが、ロシア、アメリカ、イスラエルなどが、戦争を引き起こし、温暖化の原因となる二酸化炭素を大量に生みだしています。気候変動なんか、ないかのようです。

 プーチン、トランプ、ネタニヤフが、国際法の秩序を破壊し、同時に自然の秩序まで壊そうとしています。彼らの蛮行を抑えることができないことにもどかしさを感じます。

 狂った地球を元に戻したい、そのためには、戦争をやめさせ、平和を取り戻さなければならないと思います。

 ※今日は、「ですます調」で書いてみました。『朝日新聞』の書評に、長谷川まゆ帆『歴史学の手引き』(東京大学出版会)が紹介されていて、それを今日、図書館から借りてきました。医院で待っている間、「あとがき」を読んでいたら、「ですます調」で書くと、「言葉が「声」として紡がれていることにより自覚的になれます」という文に出会いました。この本はすべて「ですます調」で書かれています。わたしも挑戦してみようと思いました。

  

沖縄県知事選挙を思う

  沖縄県知事選挙では、自民党、公明党、国民民主党などの推薦を受けた古謝某が当選した。玉城デニーを大きく引き離しての当選であった。

 このような結果になることを、わたしは予想していた。先の衆議院選挙でも小選挙区はすべて自民党議員が当選し、自治体首長選に於いても自民党系などが多く当選している。

 この現象は、沖縄が本土化したことを示すと、わたしは考えている。本土における選挙では、多くの選挙民は選挙に行かないか、行っても選挙の度ごとに自民党など保守系の議員に投票している。それが日本の選挙風土である。沖縄も、日本の選挙風土に同化したのである。

 沖縄で、こうした選挙がある度に、わたしのところにカンパの要請がある。もちろん、今回の県知事選では、玉城デニー側へのカンパ要請である。わたしはその都度、少額のカンパを送ってきたが、今回はやめた。玉城デニーの落選を予想できたからでもあるし、沖縄の選挙の度ごとに、沖縄の基地問題などに関心を持つ人びとにカンパ要請することはどうなのか、という思いもあったからだ。

 沖縄に於いて大きな問題となっていたのは、辺野古基地の新設である。わたしは、この基地建設は、日本政府から沖縄の建設業界への税金撒布、つまり利権政治の象徴ではないかと考えてきた。おそらく完成もしない基地、長期間土砂を投入し続ける工事、そこには国税がたんまりと投入される。米軍の思惑とは異なる辺野古基地建設は、利権政治という国内問題と直結しているのだ。

 自民党への投票行動は、国や自治体から、利権という蜜を吸いたい業者や人びとが、積極的に群がり、担うのである。利権につながらない人びとは、選挙には行かないのだ。

 そうした利権政治が、沖縄で一般化したのではないか。南西諸島で進む自衛隊の基地建設なども、利権を生んでいることだろう。

 日本のこの国際的地位の下落、経済が好転しない、そうした原因は、日本国の経済をどうするかという視点ではなく、いつも目の前のカネ、利益を拡大することを最優先し、企業などは税金に群がり、補助金其の他を自らの懐に持ってくることに血道を上げ、政界、官界は、財界へと撒布された税金を自分の懐にまわして貰うことだけを考える。「我田引水」ということばがあるが、日本の政治は「我懐引金」で貫かれている。

 そうした風土が、沖縄を支配するようになったということではないか。

 ついでに記しておけば、朝日新聞社がこの県知事選挙結果の速報で、「県政奪還」ということばをつかい、それを引っ込めたという情報を得ている。自民党と同じ立場であることを表明したのであるが、さすがにこれはいけないと思ったらしく引っ込めたのであろう。でも、もちろん朝日新聞社はじめ新聞業界も利権に食らいつく集団である。何故に、新聞だけが消費税8%なのか、どのようにして8%を獲得したのか。書籍などは10%の悪税を取られているのに。 

2026年9月13日日曜日

「能ある鷹」

  仕事を一緒にやったりした歴史学者から学んだことがいくつかある。研究内容だけではなく、他者との関わりのなかで常に謙虚であるという姿勢である。交流のあった歴史学者は、すでに研究業績もあり、研究者としての地位も確立していた。でも、その人たちは、知識も研究実績もほとんどないわたしに対しても、面倒くさがらずに教えてくれ、また分け隔てない会話をしていただいた。

 もうこの人たちは皆亡くなられたが、そこで学んだこと、まさに「能ある鷹は爪を隠す」であり、「爪」を隠さない人は、一定の業績があっても「能」力は高くない、ということである。

 これは普遍的な真理であるとわたしは思っている。

 自慢したり、ハッタリを嚙ましたり、知ったかぶりをする人は、能力は高くない、ということである。

  最近、しかし、そういう人物が、政界を始め、増えているように思う。そういう能力の低い人は、人間関係に於いて、タテ関係を重視する。上に弱く、自分よりなんらかの点で「低い」と思われる人には、強くあたる。

 だが、能力ある人のなかに、タテ関係を見ることはない。どのような人間に対しても、平等に、同じように接する。もちろん、最低の礼儀は尽くすから、ことばは変えたりするが、基本的には対等につきあう。 

 年齢を重ねたわたしは、対等につきあえない人とは、もうすでに関係を切っている。疲れる人とはつきあわない。

 「能ある鷹」は、常に勉強をしている。だから、そういう人からは、学ぶことが多い。人生死ぬまで勉強であるから、この歳になったら「能ある鷹」とつきあうしかない。もう時間がないからでもある。

 能力もないのに「爪 」をかざし続ける者が力を持つと大変なことになる。今の時代がそうだ。

2026年9月12日土曜日

裁判傍聴

  昨日、東京地方裁判所に行った。裁判傍聴である。6年前、2020年10月、内閣総理大臣菅義偉は、日本学術会議が会員候補者として推薦した学者105名のうち6名の任命を拒否した。今までは、学術会議側が推薦すれば、自動的に任命されていた。前代未聞のことであった。任命されなかった6人は「なぜ?」と問う。

 「拒否」はあってはならないことである。「拒否」は不当な権力行為であった。

 任命されなかった6人は、どうして「拒否」されたのか、その理由を知りたいと思う。当たり前のことだ。だからそれに関する情報公開を求めて訴訟を起こした。

 しかし、政府は、それに関する文書はない!と言い続ける。恥ずかしい国だ。

 民主的な国家というのは、あらゆる行政行為がどのようになされたのか、国民が検証できるように資料を作成し、保存し、公開しなければならない。だが日本国家は、できるだけ隠そうとする。見せたくない。見せたくないから、ないという。それが主張できなくなると、小出しにしたり、改竄したりする。

 日本は民主的な国家ではない。

 Tansaという報道機関が、アベもと首相の葬儀が「国葬」(政府は税金をつかって個人の葬儀を執行した)として執行されたが、これも従来からの慣例からは導き出されないことから、何故に「国葬」とされたのか、それに関する文書を公開せよと訴訟を起こしている。 

 ない、捨てた・・・などと、政府は強弁する。

  日本国家は、民主主義とはとうに縁を切っている国家である。

 そうした状況をそのままにしておいてよいのか。日本の民主主義が試されている。

 

  

2026年9月11日金曜日

【演劇】劇団青年座「同盟通信」

  2時間10分、休憩なしに劇は展開する。その時間中、緊張感が持続する劇であった。

 同盟通信社、その歴史は短い。1936年から45年まで。まさに戦時体制期のみ存在した。現在は日本では、共同通信社、時事通信社が、新聞社などに情報、記事を提供している。

 戦時体制は、戦争遂行のためにすべてが国家に統制される時代である。とりわけ情報は厳しく統制される。

 この劇のテーマは、そうした戦時体制下の同盟通信社の社員(海外情報分析室)に、軍隊(陸軍)の暴力的な力により、国家の宣伝機関としての役割を果たさせようとする状況下、記者(ジャーナリスト)としての葛藤、客観的な事実を報じるのか、国家にとって好ましい情報(「真実」)を流すのか、を描いたものである。

 舞台の上では、陸軍や国家が期待する役割を果たすのが戦時下の記者だと割りきる者、そうではなく、やはり国家にとって都合の悪い情報であっても伝えなくてはならないことは勇気を持って伝えていこうと考える者、あるいはその間を行き来している者が描かれる。

 見ていて、これは戦時下にのみ現れる葛藤ではなく、日々私たち一人一人に問われる問題であると思った。

 ある一定の流れ(わたしはそれを「時流」としている)のなかで、みずからの信念や理想をもとに「時流」に抵抗するべきかどうか、いつも私たちは試されている。 もちろん、多くの人は「時流」に流されていることを気にしないで生きているが、少数の人びとにとって、その試練は生き方を左右する重大問題として立ち現れる。この劇でも、まさに大岡がそうした存在であった。

 わたしが若い頃、わたしの周りには、そうした人びと(もちろん少数派ではあったであろう)がいた。だが近年、「時流」に流されまいと抵抗する姿は、今はあまり見られなくなっている。その結果が、現在の政治状況に如実に表現されていると思う。

 この劇をみながら、大岡のような人物は、マスメディアのなかにはほとんどいなくなっているように思える。とりわけテレビは、もう報道機関ではなく、国家の宣伝機関と化している(だからわたしはみない!)。

 大岡らは、軍部の圧力のもとで、「報道か、宣伝か」で悩まされた。しかし現在のテレビなど、そうした圧力がなくても、喜んで宣伝機関としての役割を果たそうとしている。

 この劇、この時期の歴史について一定の知識が必要ではなかったか、と思った。また日本の終戦における昭和天皇の「御聖断」に、大きな意味をもたせているように思えた。戦争に於ける昭和天皇の役割(山田朗『昭和天皇の戦争』岩波書店を参照)、「御聖断」へと到った厳しい客観的な状況など、きちんとふまえなければならない事実がある。

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  さて、このブログ、最近書いていないが、久しぶりに会った方から、「最近、書いてないね」といわれた。先の衆議院選挙結果に、そして最近の社会の風潮(好ましくない「時流」が起きている現実)に、ある種絶望を感じてしまい、キーボードを打つ意欲がなくなっていた。

 しかしやはり、書きつづけなければならないと思う。