2026年9月11日金曜日

【演劇】劇団青年座「同盟通信」

  2時間10分、休憩なしに劇は展開する。その時間中、緊張感が持続する劇であった。

 同盟通信社、その歴史は短い。1936年から45年まで。まさに戦時体制期のみ存在した。現在は日本では、共同通信社、時事通信社が、新聞社などに情報、記事を提供している。

 戦時体制は、戦争遂行のためにすべてが国家に統制される時代である。とりわけ情報は厳しく統制される。

 この劇のテーマは、そうした戦時体制下の同盟通信社の社員(海外情報分析室)に、軍隊(陸軍)の暴力的な力により、国家の宣伝機関としての役割を果たさせようとする状況下、記者(ジャーナリスト)としての葛藤、客観的な事実を報じるのか、国家にとって好ましい情報(「真実」)を流すのか、を描いたものである。

 舞台の上では、陸軍や国家が期待する役割を果たすのが戦時下の記者だと割りきる者、そうではなく、やはり国家にとって都合の悪い情報であっても伝えなくてはならないことは勇気を持って伝えていこうと考える者、あるいはその間を行き来している者が描かれる。

 見ていて、これは戦時下にのみ現れる葛藤ではなく、日々私たち一人一人に問われる問題であると思った。

 ある一定の流れ(わたしはそれを「時流」としている)のなかで、みずからの信念や理想をもとに「時流」に抵抗するべきかどうか、いつも私たちは試されている。 もちろん、多くの人は「時流」に流されていることを気にしないで生きているが、少数の人びとにとって、その試練は生き方を左右する重大問題として立ち現れる。この劇でも、まさに大岡がそうした存在であった。

 わたしが若い頃、わたしの周りには、そうした人びと(もちろん少数派ではあったであろう)がいた。だが近年、「時流」に流されまいと抵抗する姿は、今はあまり見られなくなっている。その結果が、現在の政治状況に如実に表現されていると思う。

 この劇をみながら、大岡のような人物は、マスメディアのなかにはほとんどいなくなっているように思える。とりわけテレビは、もう報道機関ではなく、国家の宣伝機関と化している(だからわたしはみない!)。

 大岡らは、軍部の圧力のもとで、「報道か、宣伝か」で悩まされた。しかし現在のテレビなど、そうした圧力がなくても、喜んで宣伝機関としての役割を果たそうとしている。

 この劇、この時期の歴史について一定の知識が必要ではなかったか、と思った。また日本の終戦における昭和天皇の「御聖断」に、大きな意味をもたせているように思えた。戦争に於ける昭和天皇の役割(山田朗『昭和天皇の戦争』岩波書店を参照)、「御聖断」へと到った厳しい客観的な状況など、きちんとふまえなければならない事実がある。

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  さて、このブログ、最近書いていないが、久しぶりに会った方から、「最近、書いてないね」といわれた。先の衆議院選挙結果に、そして最近の社会の風潮(好ましくない「時流」が起きている現実)に、ある種絶望を感じてしまい、キーボードを打つ意欲がなくなっていた。

 しかしやはり、書きつづけなければならないと思う。 

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