最近2冊の本を読みました。一冊目は、本多隆成『定本徳川家康』(吉川弘文館)です。本多さんとは共に自治体史をやったことから、本多さんの手法は良く理解しているつもりです。本多さんはきちんと研究史を踏まえ、一次史料に基づいて研究するという歴史家でした。「でした」と書くのは、惜しくも今年亡くなられたからです。
本多さんは、後世に書かれた文献ではなく、一次史料を基本にして書かれるので、面白さはありません。歴史家と称され、名前ばかりが知れ渡っている人たちのように、江戸時代になって懐古風に書かれた様々な文献をつかって面白おかしくかくようなことはしませんでした。
この本を読みながら、さすが本多さんだと思いました。近年の研究書も丹念に消化され、それらを踏まえて、実証的に家康の姿を描いています。これこそ、歴史家の書いた家康だと思いました。
わたしも、何度かご一緒するなかで、厳しいほどの一次史料を駆使して研究し、叙述する方法を学び、そのような研究、叙述を心がけてきました。その点では、心から本多さんに感謝しています。
もう一冊は、長谷川まゆ帆『歴史学の手引』(東京大学出版会)です。わたしがここ数回「ですます」調で書くようになったのは、この本を読んだからです。
この本は、フランス史を中心としたヨーロッパ史の研究動向に対して、長谷川さんがどのように考え、影響を受けたかについて書いた本です。紹介されている膨大な本のなかの何冊かは私も読んでいますが、あまりに多くの本が紹介されているので、歴史研究はたいへんだと今更ながら感じ入っています。
わたしも日本近現代史について研究、執筆してきましたが、そのために膨大な本を読んできました。今でも、家人に咎められるほどの本があります。
何かをテーマにして歴史を描くためには、史資料がまずなければなりません。しかしその史資料を歴史の展開の中に位置づけるためには、そのテーマに関する著書や論文を読みこなさなければなりません。 わたしの場合は、一定のテーマを決め、それを研究していくということもありますが、いくつかの自治体史を担ってきたことから、当該自治体で発見された資史料をもとに歴史を描いていくということが多くありました。どんな資史料がでてくるかはわかりません、しかし史資料として残されてきたわけですから、それらを大切にして歴史を描かなければなりません。
あるところでは、南京事件に関与した兵士の手紙を発見しました。南京事件はなかったという虚偽の言説が流されていたことから、その手紙の真実性を確定すると同時に、南京事件とは如何なる事件であったかを考えるため、あるいは事件の全体像を掴むために、膨大な本を買い集めました。
それ以外にも、たとえば、大正期の製糸工場の資料がでてきました。またそこには女工の雇用関係の資料もありました。そうなると、製糸業に関わる本、女工の雇用に関わる本も読まなければなりません。
こうして、我が家には本がどんどんたまっていきました。もう二度、古本屋さんにきてもらい持っていってもらいましたが、今なお大量に本があります。
『歴史学の手引』を読んでいて、長谷川さんも大量の本があることが想像できます。歴史研究者は、誰でも膨大な本を所有しています。本書にはもちろん、ヨーロッパ史に関わる文献が紹介されているのですが、日本史でもそうですが、新たな視点からの研究がつぎつぎと発表されてきます。それらは、日本史の分野に於いても役立つ内容が含まれています。だからわたしも、数少ないですが読んできました。
歴史研究というのは、従来からの方法で研究叙述していれば済むという面もありますが、やはり新たな視点で過去を振り返ると、今まで見えてこなかったもの・ことが見えてくることもあります。
この本は、次々に現れてきた「新たな視点」、人口史、社会史・・・・が説明されています。歴史研究に携わってきた人々には、きっと面白く読めるだろうと思います。
最近、わたしは『現代思想』2023年12月号の特集「感情史」を読んで、今まであまり注目されてこなかった「感情」に注目すべきであると指摘した小文を書きましたが、「新たな視点」はあんがい何度も出現するのです。
本書は、「新たな視点」に関して、どのような研究がなされてきたのかを知ることができます。もちろん、ヨーロッパ史が主ですが。
アウトプットをする人は、いろいろな文献を読んでインプットしないと興味を引く内容の研究はできないと思います。その意味でも、本書は読む価値があります。