2026年10月9日金曜日

顔に出ている  It shows on his face

  一定の年齢になると、その人がどのように生きてきたのか、それが顔に刻まれています。市井の人々のなかでは、根性が悪い!と思うような顔は稀です。

 ところが政治家になると、これはダメだ、根性が悪い顔だ、というのが多いのです。

 いま、横浜市長選が行われていますが、前市長の山中某はパワハラで失職したわけですが、パワハラをやりまくってきた顔のように見えます。

 同じように、兵庫県知事の斎藤某も、パワハラその他のことでユーチューブなどで批判されていますが、人間味のない人物であることが顔でわかります。 

 わたしはそういうような顔を見たくはないのです。でも、たとえば高市某の顔は氾濫していて、なぜあんな顔を氾濫させるのか理解に苦しみます。彼女の顔は、謙虚さを一厘でももちあわせのない厚顔無恥であることを表しています。

 わたしは多くの歴史学者と交流がありました(ほとんど亡くなられました)が、好感の持てるお顔をお持ちでした。彼らは多くの研究業績をもち、おそらく自信をもっていたとは思いますが、上から目線で話すということもなく、常に謙虚でありました。ひとりを除き、自慢話をすることもなく、 わたしは今でも、良き人びとと交流できたと懐かしんでおります。

 周囲にいる人びとが過剰にたてまつることにより、なぜか自信過剰になって、自分はエラいのだと勘違いする 人が多いのです。周囲にいる人びとが、タテ関係を重視する心性をもたずに民主的な雰囲気をつくりだしていれば、もちろん批判的なことも口に出すことができる雰囲気があれば、異常に一人の人間が増長することはないと思います。

 政治家の周辺には、たとえば官僚たち(完全なタテ社会で、自らの立身出世のためにゴマすりなどもします)がいます。彼らに囲まれていれば、オレはエラいんだ、力があるんだと思わせられるのでしょう。そういう気持ちが強くなればなるほど、それに応じて顔が悪くなるのです。

 一定の年齢以上の人物の顔を見れば、その人の性格などがある程度読みとれます。その判断で、わたしはその人との距離を見定めます。即座に、この人物とはつきあう価値がないと判断することもあります。

 

Once a person reaches a certain age, their life experiences are etched onto their face. Among ordinary people, it’s rare to see a face that makes you think, “That person has a bad character!”


However, when it comes to politicians, there are many whose faces make you think, “This is no good—that’s the face of someone with a bad character.”


The Yokohama mayoral election is currently underway. The former mayor, Mr. Yamanaka, was forced out of office due to workplace harassment, and his face looks exactly like that of someone who has perpetrated such harassment repeatedly.


 Similarly, a certain Mr. Saito, the Governor of Hyogo Prefecture, is being criticized on YouTube and elsewhere for workplace harassment and other issues, and you can tell from his face that he is a cold, unfeeling person.


 I don’t want to see faces like that. But, for example, the face of a certain Ms. Takaichi is everywhere, and I find it hard to understand why such a face is so prevalent. Her face reveals a shamelessness devoid of even a shred of humility.


 I used to associate with many historians (most of whom have since passed away), and they all had faces that inspired goodwill. They had numerous scholarly achievements and were likely confident in their work, yet they never spoke down to others and remained consistently humble. With one exception, none of them ever boasted, and I still look back fondly on having been able to associate with such good people.


 Many people become overly confident—for some reason—because those around them fawn excessively, leading them to mistakenly believe they are important. If the people around them did not prioritize hierarchical relationships and instead fostered a democratic atmosphere—one where critical opinions could be voiced freely—I don’t think any single individual would become abnormally arrogant.


 Politicians are often surrounded by bureaucrats, for example—who operate in a strictly hierarchical society and even resort to brown-nosing to advance their own careers. Being surrounded by such people likely leads them to believe, “I’m important; I’m powerful.” The stronger that feeling becomes, the more unpleasant their demeanor grows.


 By looking at the face of someone over a certain age, you can gauge their personality to a certain extent. Based on that assessment, I determine how much distance to keep from that person. Sometimes I immediately decide that this person isn’t worth associating with.


Translated with DeepL.com (free version)

「首相の資質」

  昨日届いた『週刊金曜日』の特集は、「「首相の資質」を問う」となっていました。もちろん高市某についての論稿が並ぶのですが、しかし今まで「首相の資質」をもった首相は、いったい何人いたのでしょうか。「首相の資質」なき人物が、ずっと首相を務めてきたのではないでしょうか。

 でもそれも日本国民が生みだしたものです。日本の選挙において、多くの有権者が漫然と自由民主党や公明党の党員に票を投じてきた結果が、「首相の資質」なき首相を生んできたのです。

 後藤逸郎の「政治判断がゆがめる経済政策」という文が掲載されていますが、そこに「適切な経済政策が取られないまま、日本経済は悪化した。企業は人件費削減に走り、政治は労働規制を緩和した結果、就職氷河期を招き、景気は低迷した。」とあります。その通りだと思います。1995年、日経連が「新時代の日本的経営」を発表し、財界や政界、官界などがこぞって日本の労働者の賃金を下げようと画策し、そのために非正規の労働者を大幅に増加させ、一生涯低賃金=貧困のなかに生活せざるを得ない人びとを大量に創出し、少子化の日本をつくりだしたのです。国民の側の需要を大幅に削減したのですから、景気がよくなるわけがありません。

 景気低迷の日本で、さらに消費税を導入し、同時に法人税を大幅に削減し、国民の懐から過剰な税金を巻き上げてきたのが、自由民主党、公明党、民主党です。彼らが国民の収入を減らし、過剰な税金を取り上げ、人びとから経済的余裕を奪ってきたのです。「失われた30年」をつくりだした犯人は、自由民主党、公明党、民主党なのです。 

 わたしは、消費税は廃止すべきだとずっと考えています。消費税を減税したり、廃止したりする案が出されると、では財源は?と必ず問われます。消費税は悪税です。でも、なぜ防衛費(軍事費)の大幅な引き上げに関しては、財源の論議がないのでしょう。野党もそれを追求しません。

 わたしは、政治家には、「世のため、人のため」という生き方をしている方々になってもらいたいと思います。たとえば田中正造のように。しかし、そうではなく、多くは、カネと名誉と地位を欲しがる、ろくでなしの者どもが政治の世界に入っていきます。ろくでなしの者から首相が選ばれるのですから、「首相の資質」なんかはじめからあるわけがないのです。

  

2026年10月8日木曜日

強引 Forceful

  2015年9月、アベ政権は戦争法と言われる安保法制を成立させました。明確に日本国憲法違反で、とりわけ集団的自衛権の行使を「合法」としたのです。それまでは集団的自衛権は憲法では禁止されているというのが、法制局が認める正統な法解釈でした。

 それでもアベ政権は、強引に、今までの法解釈を無視して安保法制を成立させたのです。アベ政権以降、自民党と公明党による政府は、何でも強引にやってきました。

 わたしは、アベ政権以降、日本にはファシストたちが権力を握っているのだと思っています。いかなる反対の声があろうとも、強引にやりたいことをやっていけば、いずれは騒ぎはおさまると彼らは思っているのではないかと思います。安保法制についても、立憲民主党を立ち上げた枝野幸男は、昨年10月「違憲の部分はない」と言明しました。

 さて簗という農相が、自分の選挙で支持してくれなかったということで、二つの自治体の国交相の予算を大幅に減らして問題になっています。政治通というか、政局通というか、そういう人たちは、簗某はやめるしかない、と言っています。

 でもどうでしょうか。アベ政権以降、とくに高市政権は、何でも強引にやって、いくら批判されても居直っていれば、いずれ静かになるだろうと思っているはずです。

 ファシスト政権が強行する政治に対して反対することはとても大切なことです。しかし、民意に耳を傾けることをしない自民党ファシスト政権は、みずからの意思を実現するために強行突破を図るはずです。 

 高市某は、簗を更迭することはしないのではないかと思います。一般民衆や野党が簗を引きずり下ろすことができない以上、ファシスト高市は適当にごまかして簗を農相の地位に置き続けるでしょう。

 わたしたちは、権力を掌握しているのは、昔の自由民主党ではなく、ファシストによって牛耳られている自由民主党であるということを認識し、それに対応した闘い方を考えるべきなのでは、と思います。 

  In September 2015, the Abe administration passed the Security Legislation, commonly referred to as the “war laws.” This legislation clearly violated the Constitution of Japan, specifically by declaring the exercise of the right to collective self-defense to be “legal.” Until then, the legitimate legal interpretation recognized by the Legislative Bureau had been that the right to collective self-defense was prohibited under the Constitution.

 Nevertheless, the Abe administration forcibly passed the Security Legislation, disregarding the established legal interpretation. Since the Abe administration, the government—composed of the Liberal Democratic Party and the Komeito Party—has pushed through everything by force.

I believe that since the Abe administration, fascists have been in power in Japan. I suspect they believe that no matter what opposition there may be, if they simply force through whatever they want, the uproar will eventually subside. Regarding the security legislation, Yukio Edano, who founded the Constitutional Democratic Party of Japan, stated last October that “there are no unconstitutional parts.”

Now, Agriculture Minister Yana is causing a stir by drastically cutting the budgets of two local governments’ Ministry of Land, Infrastructure, Transport and Tourism offices because they did not support him in his election. Political insiders—or those well-versed in political maneuvering—are saying that Yana has no choice but to resign.

But what do you think? Ever since the Abe administration—and especially under the Takaichi administration—they’ve been pushing through everything by force, assuming that if they just stand their ground no matter how much criticism they face, things will eventually die down.

 It is extremely important to oppose the policies that a fascist regime forces through. However, the LDP fascist regime, which refuses to listen to public opinion, will likely attempt to ram through its agenda by force to achieve its own objectives.

 I don’t think Takaichi will dismiss Yana. Since the general public and the opposition parties cannot bring Yana down, the fascist Takaichi will likely gloss over the issue and keep Yana in his position as Minister of Agriculture.

I believe we must recognize that the party currently in power is not the Liberal Democratic Party of the past, but a Liberal Democratic Party controlled by fascists, and we should devise strategies to fight accordingly.

Translated with DeepL.com (free version)

 

個人情報の漏えい

  デジタル化が進んでいます。政府も自治体など公的機関も、何でもデジタル化をすすめようとしています。保険証も、運転免許証も、マイナンバーカードにひも付けさせようとしていますが、わたし自身は拒否しています。マイナンバーカードも持っていませんから、医療機関にかかるときは資格確認書です。

 一人一人に番号、マイナンバーが付けられたとき、これは大切なものなので、持ち歩くことなくきちんとしまっておけというようなことがいわれていました。ところが、マイナンバーカードが創設されてからは、そういうことが言われなくなりました。

 最近、企業に蓄積された個人個人の情報が漏えいされたというニュースが増えています。報道されないものも多数あるようで、このサイトを見ますとたくさん出て来ます。

 サイバーセキュリティ・情報漏えいニュース 

 デジタル庁でさえ、個人情報が漏えいしているのですから、デジタルは危険がたくさんあると言うことです。

 タイムズカーでは、個人の運転免許証の写しも漏えいし、タイムズカーで車を借りた人なども大きな危機感をもっていることでしょう。

 わたしも旅行先でレンタカーを借りることがありますが、その際に運転免許証がコピーされていますが、大丈夫かなと思います。少なくとも、個人情報が記載されている運転免許証を企業がデジタル保存しないことが必要だと思います。 

 企業は、不要な個人情報を保存することを減らしていく必要があると思います。

 母が亡くなり、銀行の口座を廃棄しようと連絡したところ、その際母がなくなったことの証明、母とわたしの関係を証明する書類が必要だといわれました。銀行に、それらをコピーするのかどうかを尋ねましたら、コピーするということなので、廃棄をしないことにしました。

 それらの証明書類を見せることについてはよいのですが、それらをコピーする必要がどこにあるのでしょうか。銀行側からは、窓口で受付したものを、銀行内で決裁する、そのために必要だというのです。しかしそれは銀行側の内部事情であって、あえて客の個人情報をコピーする必要はないと思います。

 これからは、わたし達が個人情報を渡さない、個人情報を提供する際には十二分に気を付けていかなければならないと思います。企業のセキュリティは万全ではないからです。 

2026年10月6日火曜日

フランスが燃えている

  フランスで高校生たちが、怒りの声をあげています。彼らの怒りはきわめて正当です。学校設備のあまりの貧弱さに、これがフランスの実態なのかと驚くばかりです。日本ではあり得ない!

 教室の机イスが足りていない、トイレが使えない、教員が足りない・・・・・ほんとうにひどい。怒るのが当たり前です。これで怒らなかったら、そのほうがどうかしている、という状態です。 

 彼らの抗議活動に対して、政府は警察権力を動員して、激しい弾圧を行っているとのこと。こうなったら、全フランスの人びとが立ち上がって、高校生らと共に闘うべきです。

 このユーチューブが参考になります。

日本メディアの凋落

  何度も書いていますが、わたしはテレビを見ません。それは、ニュース番組などの内容が、NHKを含めてあまりにもひどいからです。まさに政権与党の御用メディアだからです。そんなものを流しているテレビなんか見ない!というのがわたしのスタンスです。

 そして新聞です。新聞では、政治部の記者たちがひどい。与党政治家と仲良くなるのが大好きみたいです。各社の記者たちが、それも競争しながら政治家に取り入ろうとしているのですから始末が悪いです。

 その背景には、記者クラブ制度があって、社畜と化した各社の記者たちが、ある種の特権を持たせられて、それにあぐらをかいているという状態です。取材をしなくても、情報は寄せられるし、また何かを報道して貰いたい人や組織が来てくれますから、 じっとしていればよいのです。

 それでもわたしは新聞は購読しています。新聞が安い時代は、3紙購読していましたが、今は『東京新聞』のみです。いくつかの新聞を渡り歩いてきましたが、相対的にマシなのが『東京新聞』です。「何だこの記事は!」と思うような記事が少ないのです。他紙は、そういう記事が案外有ります。

 さて、古賀茂明さんが、アメリカのメディアと比較しながら、日本のメディアについて書いています。

 トランプ氏の「CNN排除」にライバル社も共闘して「取材拒否」…高市政権にひれ伏す新聞・テレビは米国メディアを見習うべきだ

  指摘されている通りです。

 この「アエラデジタル」は、朝日新聞社系です。朝日は、こういう有識者に政権批判的なことを書かせることによって、みずからをリベラルと思い込もうとしてきたのです。このことについても以前から指摘してきたことですが、記事ではあまり批判はしない、批判は有識者に紙面を提供することで済ますというスタンスで来ています。ある意味、ズルイ新聞社です。

 

2026年10月5日月曜日

「新しい戦い方」

  もと『朝日新聞』にいた方から、朝日にはまだ「いい人」が残っている、ということを最近聞きました。でも、「いい人」の多くは出ていって、残っている「いい記者」は少ないのではないかと思います。『週刊金曜日』などの雑誌を読んでいますと、もと朝日新聞記者という肩書きの方が多いのです。朝日新聞社にはいられなくなったんだなと思います。

 以前にも書きましたが、長い間『朝日新聞』を購読していたわたしは、「小泉郵政選挙」のときの社説を読み、その内容に驚き、その日のうちに新聞販売店に電話をかけて購読をやめました。詳細は忘れましたが、小泉純一郎の演説を聴くと気持ちがよくなるというような内容だったと思います。

 新聞の購読者数が減っていますが、その理由は、権力迎合の姿勢に多くの読者が愛想を尽かしたのからではないかと思います。

 最近、その『朝日新聞』に、「大転換期の日本の安全保障 ~新しい戦い方~」という連載記事がありました。こういう連載記事を載せるようなところまで、朝日新聞社は権力の片棒を担ぐまでになったのだと感慨深いものがあります。記者も、批判的な精神を持つことなく、権力に迎合する、いや権力の方向性の先を解説するというところまできているのだと思います。

 朝日新聞社の歴史をみると、時に大きく変質することがありました。「満洲事変」までは軍部に批判的であった同社は、事変が起きたら、戦争推進の方向に転換しました。60年安保のときも声明を出して、右翼の暴力を無視して、デモを行ったいた人びとを秩序破壊の元凶として批判しました。

 朝日新聞社は、リベラルの新聞社ではないということです。高市政権と共に、朝日新聞社も中国と戦うつもりなのでしょう。「新しい戦い方」で。