2026年4月1日水曜日

図録「中村宏 アナクロニズムのその先へ」(静岡県立美術館)

  やっと図録が届いた。ショッキングな赤と黒の表紙、そこに黒字で「中村宏 アナクロニズム(時代錯誤)のその先へ」という文字が浮かび上がる。

 展覧会で見つめた作品が並ぶ。実際の絵画に、観る者は圧倒される。中村の絵にはエネルギーが渦巻いている。中村は、「絵画は光を観ること」だといっているが、その光とはエネルギーそのものだ。中村のエネルギーが、観る者に飛びついてくる。

 静岡県立美術館には9時頃着いた。それから3時間以上、中村の作品を見つめ続けた。疲れた。

 わたしは、中村の作品に「左翼」をみる。彼は、若い頃砂川闘争などに参加した。「左翼」の運動に関わる者たちは、想像できないほどのエネルギーを潜在的に持つ。しかし、「左翼」は、自分のためにそのエネルギーを費消するのではなく、自分以外のものに費消する。砂川闘争のような街頭行動だけではない。いつも、何に費消するのか、みずからのもつエネルギーを何に投入するのかを考える、さがす。同時に、何らかの理念も求める。その理念とは、他者と何らかのつながりをもつものである。社会性といってもよいだろう。

 中村は、もちろん絵画に投入する。何を描くか、他人にはないようなエネルギーを、セーラー服姿に、機関車に、あらゆる造形の中に投じる。投じるしか、生きようがない、描きようがないのである。しかし、そこに必ず理念的な社会性が込められているように思える。最初の絵から、最後の絵まで。

 だから、生涯、彼は「左翼」であり続けたと思う。  

2026年3月30日月曜日

中村宏展の図録

  しばらく浜松から離れていたことため、ブログの書き込みはできませんでした。

 先月、「中村宏展 アナクロニズム(時代錯誤)のその先へ」という展覧会を観にいき、図録を予約してきたところ、4月上旬に発送とのこと。

 図録が欲しいけど、予約販売が締め切られたということから諦めていた方がいるが、今日、静岡県立美術館にアクセスしたら、以下のような記述があった。

 中村宏は、注目されるべき、浜松市出身の画家で、最近亡くなられたばかりである。 

 

皆様からのご要望を受けまして、以下のとおり図録の追加販売を決定いたしました。

<販売開始日>

令和8年4月14日(火) ※事前予約はできません。

<価格>

4,000円(税込み)

<購入方法>

上記販売開始日から以下の方法で購入・予約いただけます。
・当館ショップでの現地購入

・当館ショップへの電話予約(054-262-1960)
※電話予約の場合、図録代金と送料は現金書留でのお支払いとなります。

2026年3月25日水曜日

【本】田中伸尚『なでし子を 夜半の嵐に た折られて 「甘粕事件」記憶の再生』(影書房)

  昨日、著者である田中さんからご恵贈いただいた本である。3月27日刊行とあるから、もうじき店頭に並ぶことであろう。 

 昨日届いたばかりであるから、もちろん読み終えていない。したがって、ここでは途中経過の段階で記すものである。

 わたしは、この大杉栄や伊藤野枝、橘宗一に対する、甘粕ら陸軍憲兵隊による惨殺事件についてはよく知っている者だろうと自分でも思っているが、しかし、橘宗一少年、その母あやめらの動向を詳しく知っているわけではない。この本を読みながら、まず思ったことは、この事件はあまりに悲しい事態であると言うことを再度痛感したことである。大杉や野枝の惨殺もむごたらしいものであるが、いたいけな宗一少年の命が奪われたことの重さ、悲しみを、この本を読みながら感じるのだった。

 そしてもうひとつ、彼らを、無法に虐殺した甘粕正彦ら陸軍憲兵隊は、まさに鬼畜というべき所業であること、さらに軍事裁判で彼らの罪が問われることなく終わったこと、そして何と彼ら犯罪者に対して、減刑嘆願運動が行われたという事実。これらは、近代天皇制国家の本質を象徴する。その本質は、陸軍という軍事組織、それに付属する憲兵隊、さらに減刑嘆願運動を行った庶民に表現されている。

 最近行われた選挙のなかであらわれた、日本の庶民が、統一教会や裏金問題など政権政党の闇をなんら問題にせずに投票行動を行ったその正義に悖る反倫理的な行為に、甘粕らの減刑嘆願運動を重ねてみる。近代日本から今日まで、日本の庶民には、正義や倫理はないのではないか、と思うほどである。

 まだ読み終えていないが、読み進む中で、今迄大杉や野枝の本をいろいろ読んでは来たが、あらたな事実、新たな感慨が生じてくるのであった。そしてその感慨は、現代の日本の現状からわきあがることでもあった。

 田中さんは、巻頭に、韓国のノーベル賞作家、ハンガンの「歴史的事件を扱うことは、過去について語る方法を探し出し、現在について語るということです。歴史を見つめて問うことは、人間の本性について問うことでもある」を引いている。それは、本書で具現している。

 多くの方に読んでもらいたい。この本、悪税抜きで2000円である。すべて読み終えたら、また書くであろう。

 

2026年3月24日火曜日

この人の素質

  『日刊ゲンダイ』が、「高市外交を「日本の恥」だと批判続出! 夕食会で踊り狂う写真をホワイトハウスが“さらし上げ”」という記事で厳しく批判している。こうした批判をする新聞社は少ない。

 わたしは、新聞は読むべきだと思うが、しかし政治面での各紙の記事や主張を読むと、読まなくてもいいかなと思ってしまう。批判的精神が文全体にはなく、一部で申し訳程度に批判を加え、しかしその記事自体は、高市某ら政府の主張の枠内で記されているから、まったく読む価値はない。そうした記事を、大新聞は垂れ流している。

 ちなみに、高市某とは、最初から軽薄な人なのだ。

 在日コリアンの辛淑玉さんは、むかしあるプロダクションに属していて、そこに高市某もいたそうだ。高市は、「権力欲が強い」「何も勉強しない、歴史も知らない。台湾が日本の植民地であったことも知らないのではないか」「デマを簡単に信じる」「右派的な知識もない」「支持者の顔を見て行動するだけ」「支持者のウケを狙うだけ」で、ヒトラー『わが闘争』を礼賛した本、『ヒトラー選挙戦略』(小粥義雄著、千代田永田書房)を推薦していた。(この指摘に対し、高市某は「推薦文については記憶がなく、コメントできない。本人も著者を知らない」という。いつもの逃げである。知らぬ存ぜぬをいつも貫く)。
 昨年9月22日、「奈良のシカを足で蹴り上げるとんでもない人がいる。殴って怖がらせる人がいる。外国から観光に来て、日本人が大切にしているものをわざと痛めつけようとする人がいるとすれば、何かが行き過ぎている」と言った。しかしそれが根拠なしだと報道されると、「自分で確認した」といい、11月10日、「撤回しろといわれても、撤回するわけにはまいりません」と主張した。
 高市の特徴は、暴言ー批判ー撤回・謝罪せずー逃亡のパターン、平気でウソをつくというものである。また批判されるとすぐに切れるか、あるいは逃亡する。

 そういう人物を、日本は首相にまつりあげたのである。

 

 

2026年3月22日日曜日

暴漢に媚びへつらう日本の首相 The Japanese Prime Minister Who Pander to Thugs

  現在の中東情勢を混乱に陥れているのは、ユダヤ人国家・イスラエルと、侵略国家アメリカである。ネタニヤフという暴漢と、トランプという暴漢のふたりが、世界を混乱させている。

 中東の混乱は、ネタニヤフの野望が原動力となっているが、世界各地のユダヤ人はそれを是認しているのだろうか。1930年代から40年代はじめにかけて、アウシュビッツに象徴されるユダヤ人虐殺、あるいはそれ以前のヨーロッパ各地でのユダヤ人迫害など、わたしはユダヤ人にこころから同情し、彼らの怒りを我がことのようにしていた。

 しかし、イスラエルという国家誕生から、今までユダヤ人を迫害してきたキリスト教徒にではなく、パレスチナ人などムスリムに対して、虐殺、迫害、搾取・・・・、ありとあらゆる悪事をイスラエルという国家は開始した。国連から何度も「やめろ!」という決議がなされても、イスラエルは侵略や迫害をやめることはなかった。ガザに対するイスラエルの蛮行はその象徴でもある。

 世界各地のユダヤ人は、こうしたイスラエル国家の蛮行を是認しているのであろうか。ならば、わたしはユダヤ人に対する考えを変えなければならなくなる。

 そしてそのイスラエルにそそのかされてか、トランプもネタニヤフの野望の片棒をかついでいる。今までも、アメリカという国家は、イスラエルの蛮行を支持してきたから、トランプが最初ではもちろんない。しかし、今回の事態をみていると、トランプに何らかの方針があるようにはとても見えない。なるほど、トランプという人は、浅慮の者であることがよくわかる。

 さて、こうしたイスラエル、アメリカの蛮行、暴挙に、わが日本の首相が、訪米し、トランプと会談し、「世界中に平和と繁栄をもたらせるのは、ドナルドだけだと思っています」というマヌケな発言をしたという。「平和と繁栄」を破壊している人物が、トランプではないのか。

 日本は、第二次大戦後、アメリカに従属することを国家意思として決定したようだが、その従属度が日増しに強まっている。従属ではなく、今や隷属である。隷属状態にある日本の首相が、暴漢であるご主人様に媚びへつらうという醜態を、私たちは見せられた。

 従属国である日本は、カネをアメリカに差し出してきたが、さらにトランプの要請によりばく大なカネを差しだした。日本の庶民は日々の生活に苦しんでいるというのに、ご主人様には豪華なプレゼントを差し出す。

  現代の国際秩序は、「国民国家が互いに主権を持ち、法的に平等の地位を持つ」という前提の上に成立しているといわれるが、そうした教科書的な説明は、今や意味をなさなくなっているのではないかと思う。

  The current turmoil in the Middle East is being caused by the Jewish state of Israel and the aggressor nation, the United States. Two thugs—Netanyahu and Trump—are throwing the world into chaos.

 While the turmoil in the Middle East is driven by Netanyahu’s ambitions, do Jews around the world actually condone this? From the 1930s through the early 1940s, I felt deep sympathy for the Jewish people—for the genocide symbolized by Auschwitz, as well as the persecution of Jews across Europe prior to that—and I took their anger to heart as if it were my own.

 However, since the birth of the state of Israel, it has not been directed at Christians—who had persecuted Jews until then—but rather at Muslims, such as the Palestinians, that the state of Israel has committed massacres, persecution, exploitation... every conceivable evil. Even after the United Nations passed numerous resolutions demanding, “Stop!” Israel never ceased its aggression and persecution. Israel’s atrocities against Gaza are a symbol of this.

Do Jews around the world condone these atrocities committed by the State of Israel? If so, I will have to change my view of the Jewish people.

 And perhaps incited by Israel, Trump is also playing into Netanyahu’s ambitions. The United States has long supported Israel’s atrocities, so Trump is certainly not the first. However, looking at the current situation, it is hard to see that Trump has any kind of policy. Indeed, it is clear that Trump is a man of shallow judgment.

Now, in response to these barbaric and outrageous acts by Israel and the United States, Japan’s prime minister reportedly visited the U.S., met with Trump, and made the foolish remark, “I believe Donald is the only one who can bring peace and prosperity to the world.” Isn’t Trump the very person who is destroying “peace and prosperity”?

 It seems Japan decided after World War II to subordinate itself to the United States as a matter of national policy, and that subordination has been growing stronger by the day. It is no longer mere subordination; it is now servitude. We were forced to witness the disgraceful spectacle of Japan’s prime minister, a servant in a state of servitude, fawning over his thuggish master.

 Japan, as a subordinate nation, has been handing over money to the U.S., and at Trump’s request, it has handed over even more vast sums. While ordinary Japanese people struggle to make ends meet, they are presenting lavish gifts to their master.

  It is said that the modern international order is founded on the premise that “nation-states possess mutual sovereignty and hold legally equal status,” but I believe such textbook explanations have now lost all meaning.


Translated with DeepL.com (free version)

 

2026年3月20日金曜日

展覧会の図録

  静岡県立美術館で開催されていた「中村宏 アナクロニズムのその先へ」を観にいったのは、2月27日であった。かなり長時間滞在して、沢山の作品をみてまわった。

 中村宏は、この1月初めに亡くなっているので、図録を買おうとミュージアムショップに寄った。図録が見当たらないので、聞いてみたら予約販売だとのこと、すぐに予約した。

 しかしその図録が届かない。3月17日に問い合わせの電話を美術館に入れたが、まだ出来ていないとのこと。そして今日も届かなかった。

 思うに、この展覧会は静岡県立美術館だけで開催される。2024年10月~12月、「無言館と、かつてありし信濃デッサン館ー窪島誠一郎の眼」という展覧会もあった。この展覧会も、静岡県立美術館だけの開催であった。そして図録はなかった。

 わたしは、「画家と戦争」という表題で3回の歴史講座をやっていた関係で、無言館にも行ったし、無言館にある静岡県出身の画家の卵たちについても調べていた。だから、図録を買うつもりはなかったので、あまり気にもしていなかった。

 しかし、中村宏は、最初から買うつもりであった。歴史講座「画家と戦争」の導入で、中村宏について言及したし、戦後日本美術史において不可欠の画家であったからだ。そして中村は浜松市出身。

 おそらく、静岡県立美術館は、中村宏展の図録を最初から制作するつもりはなかったのではないか。何といっても、この展覧会は、「無言館と、かつてありし信濃デッサン館」展と同様に、静岡県立美術館のみの開催なので、図録は、あまりたくさん売れないことが予想されるからだ。

 だがしかし、である。「中村宏 アナクロニズムのその先へ 」は、静岡県だけの開催ではもったいないとおもう。わたしは、よくこれだけ集めたと感心した。

 ただし、展示されたものをみていたなかで、これだけは観たくなかったというものがあった。「早稲田祭」のポスターである。早稲田大学時代、早稲田祭は、あの暴力集団・革マル派の資金源となっていて、早大生であってもパンフレットを買わないと大学構内に入れず、多くの学生はこの時期、帰省したりバイトに励む時期となっていた。その後、早稲田大学文学部を暴力的に支配していた革マル派は、恒常的に数々のテロ事件を起こしていたが、ついに川口くん事件を起こして、早大生の大いなる怒りをかったことは、当事者であったもと朝日新聞記者樋田毅くんが『彼は早稲田で死んだ』で描いた通りである。

 今でも早大OBは、いろいろ党派はあるけれども、革マル派だけは許せないという。わたしも同様である。革マル派の活動家の目は、統一教会=原理研究会のメンバーの目とよく似ていた。組織が同じ本質をもっていたからだと思う。

 だから、中村宏が、早稲田祭のポスターを描いていたことは、とても残念である。 

2026年3月19日木曜日

【演劇】劇団NLT「Musical O.GⅡ」を観てきた。

  O.G.というのは、OldーGirls、この劇に即していえば、「老女」となるか。このミュージカル劇、全編「老女」への盛大なる声援であった。観客の拍手は、そのまま「老女」への讃歌となり、激励となる。「老男」のわたしとしては、戸惑うところさえあった。

 シチュエーションはあんがい単純であるが、しかしそこにはふたりの「老女」の人生が詰まっている。そうした「老女」の人生を背景に話は展開していく。1時間45分、語りと歌によって動いていくのだが、ふたりの「老女」がお互いを助けあう、励まし合うという「シスターフッド」もあり、「老女」が今後より良く生きていくための処方も示されていた。

 最近「老い」に対して非難めいたことを言ったり、「老人」への社会保障などを減らすべきだという政党も出てきている。彼らも、必ず「老い」、「老人」になっていくのだという冷厳な事実を予想することができない人びとだ。

 このミュージカル劇は、そんな風潮に対して、「フン、何よ、歳をとって悪いのか!」、「歳をとってシミが出来たり、シワが増えたりしているけれど、それが何だ!」という、堂々とした抗議であるともとれた。それも笑顔を見せながら。

 「老女」だって自由に楽しく生きていきたい、のである。それを妨げる權利など何もない。だけど、「老女」、いや「老男」だって、「孤独」に生きていくのはつらい。人間は、いくつになっても、支え合う存在なのだ。

 だから、「老女」よ、「老男」よ、団結せよ!そしてみずからの尊厳を守り抜こう!というテーマが、底に流れているように感じた。

 1時間45分は、とても短く感じた。