2026年10月6日火曜日

フランスが燃えている

  フランスで高校生たちが、怒りの声をあげています。彼らの怒りはきわめて正当です。学校設備のあまりの貧弱さに、これがフランスの実態なのかと驚くばかりです。日本ではあり得ない!

 教室の机イスが足りていない、トイレが使えない、教員が足りない・・・・・ほんとうにひどい。怒るのが当たり前です。これで怒らなかったら、そのほうがどうかしている、という状態です。 

 彼らの抗議活動に対して、政府は警察権力を動員して、激しい弾圧を行っているとのこと。こうなったら、全フランスの人びとが立ち上がって、高校生らと共に闘うべきです。

 このユーチューブが参考になります。

日本メディアの凋落

  何度も書いていますが、わたしはテレビを見ません。それは、ニュース番組などの内容が、NHKを含めてあまりにもひどいからです。まさに政権与党の御用メディアだからです。そんなものを流しているテレビなんか見ない!というのがわたしのスタンスです。

 そして新聞です。新聞では、政治部の記者たちがひどい。与党政治家と仲良くなるのが大好きみたいです。各社の記者たちが、それも競争しながら政治家に取り入ろうとしているのですから始末が悪いです。

 その背景には、記者クラブ制度があって、社畜と化した各社の記者たちが、ある種の特権を持たせられて、それにあぐらをかいているという状態です。取材をしなくても、情報は寄せられるし、また何かを報道して貰いたい人や組織が来てくれますから、 じっとしていればよいのです。

 それでもわたしは新聞は購読しています。新聞が安い時代は、3紙購読していましたが、今は『東京新聞』のみです。いくつかの新聞を渡り歩いてきましたが、相対的にマシなのが『東京新聞』です。「何だこの記事は!」と思うような記事が少ないのです。他紙は、そういう記事が案外有ります。

 さて、古賀茂明さんが、アメリカのメディアと比較しながら、日本のメディアについて書いています。

 トランプ氏の「CNN排除」にライバル社も共闘して「取材拒否」…高市政権にひれ伏す新聞・テレビは米国メディアを見習うべきだ

  指摘されている通りです。

 この「アエラデジタル」は、朝日新聞社系です。朝日は、こういう有識者に政権批判的なことを書かせることによって、みずからをリベラルと思い込もうとしてきたのです。このことについても以前から指摘してきたことですが、記事ではあまり批判はしない、批判は有識者に紙面を提供することで済ますというスタンスで来ています。ある意味、ズルイ新聞社です。

 

2026年10月5日月曜日

「新しい戦い方」

  もと『朝日新聞』にいた方から、朝日にはまだ「いい人」が残っている、ということを最近聞きました。でも、「いい人」の多くは出ていって、残っている「いい記者」は少ないのではないかと思います。『週刊金曜日』などの雑誌を読んでいますと、もと朝日新聞記者という肩書きの方が多いのです。朝日新聞社にはいられなくなったんだなと思います。

 以前にも書きましたが、長い間『朝日新聞』を購読していたわたしは、「小泉郵政選挙」のときの社説を読み、その内容に驚き、その日のうちに新聞販売店に電話をかけて購読をやめました。詳細は忘れましたが、小泉純一郎の演説を聴くと気持ちがよくなるというような内容だったと思います。

 新聞の購読者数が減っていますが、その理由は、権力迎合の姿勢に多くの読者が愛想を尽かしたのからではないかと思います。

 最近、その『朝日新聞』に、「大転換期の日本の安全保障 ~新しい戦い方~」という連載記事がありました。こういう連載記事を載せるようなところまで、朝日新聞社は権力の片棒を担ぐまでになったのだと感慨深いものがあります。記者も、批判的な精神を持つことなく、権力に迎合する、いや権力の方向性の先を解説するというところまできているのだと思います。

 朝日新聞社の歴史をみると、時に大きく変質することがありました。「満洲事変」までは軍部に批判的であった同社は、事変が起きたら、戦争推進の方向に転換しました。60年安保のときも声明を出して、右翼の暴力を無視して、デモを行ったいた人びとを秩序破壊の元凶として批判しました。

 朝日新聞社は、リベラルの新聞社ではないということです。高市政権と共に、朝日新聞社も中国と戦うつもりなのでしょう。「新しい戦い方」で。  

  

2026年10月3日土曜日

天皇家の存在

  1922年、イタリアのムッソリーニは、ナポリでこう演説した。

 私たちはみずからの神話を創造した。神話は信仰であり、熱情である。それは現実であることを必要としない。 ・・・私たちの神話は民族、偉大な民族である!私たちはこの神話を具体的な現実にし、そこにあらゆるものを従属させたい。

  ファシストにとって神話は、とても大切なもので、「現状を変える」為には、必要不可欠である。

 イタリア、独逸のファシズムは、神話を創造した。

 軍国主義日本を再生させるためには、日本も神話が必要となる。ところが、日本で神話と言う場合、天皇制に即したものをつくる必要がある。天皇制と無関係の神話は、日本ではありえない。 

 高市政権のウラにいる日本会議や神社本庁は、戦前の日本に戻したくて戻したくてイライラしている。高市政権が成立したので、ここで何とか神話を再興して、大日本帝国時代のように軍拡を推進し、軍事大国にしようと考えているはずだ。実際、軍拡に邁進しようとしている。

 しかし、その神話、天皇制を中核とした新たなものを再興しなければならないのだが、現在の天皇家は、日本国憲法第九条の平和主義を尊重する 姿勢を示し続けている。

 復古的な日本会議、神社本庁は、天皇家がそうした姿勢を堅持していることを認めたがらない。でも現実にそういう姿勢であるが故に、彼らは、ファシスト政治家、ファシスト官僚とタッグを組み、現天皇家につながらない天皇家を創出しようと画策している。それが養子案で、皇族に軍国主義、戦争主義を信奉し、それを実践する天皇家に「変える」ことを企んでいる。

 なお、そのような軍国主義、戦争主義の天皇は、男でなければならない。なぜなら、神話の背後に、どうしても家父長制をまとわりつかせなければならず(ファシズムの国家指導者は、伝統的な家父長制家族の父親になぞらえるのだ!)女性ではだめなのだ。

 かくて、高市政権は、それを狙って7月、 「皇室典範等の一部を改正する法律」を制定し、「親王、親王妃、内親王、王、王妃及び女王は、皇嗣及び皇嗣妃を除き、皇室会議の議を経て、皇室典範による皇族男子であった者の嫡男系嫡出の子孫である現に皇族でない年齢十五年以上の男子であって、配偶者及び子がないものに限り養子とすることができることとし、これにより養子となった男子は、皇族となることとする。また、養子となったことにより皇族となった男子は、皇位継承資格を有しないこととし、その摂政就任順序を内親王及び女王の次とすることとする。なお、養子となったことにより皇族となった男子及びその子孫の皇族としての地位は、実方の系統によることとする。」(内閣官房のHPより)制度をつくった。

 かくて、ファシストたちは、天皇家は、利用できる限り存在を認め、利用できなければ「変える」のである。

 かくて、ファシストたちは、日本において、もっとも天皇に敬意を示さない者たちであることを証明した。利用できない現天皇家は、彼らにとっては邪魔な存在なのであり、排斥をこころみるからである。

 

  

2026年10月2日金曜日

「SNS選挙時偽情報」

  昨日の『東京新聞』の特報欄は「SNS選挙時偽情報」でした。そこに保守系ユーチューバーの「地雷チャン」が紹介されていました。彼女は、沖縄県知事選の時「ついに沖縄は中国になってしまうのか」という動画をアップし、「玉城デニーに投票したら日本は終わってしまう」と呼びかけたといいます。

 わたしはXはまったく見ることもしませんから、この記事からしか判断できませんが、「沖縄は中国になってしまう」とか、知事がデニーさんなら「日本は終わってしまう」という言辞、これらは「偽情報」ではないのでしょうか。今までデニーさんが知事だったわけだから、その時期「日本は終わってしま」っていたのでしょうか。 

 こんなデマもどきの言辞に人々が躍らされているとするなら、それこそ「日本は終わる」と思います。

 ここに『ポピュリズムの仕掛人』という本があります(白水社)。そこにはこういう記述があります。

 「今日、憎悪を流布する人びとは、インターネットを利用して経済的な利益を得るようになった。」「ネット上では強い感情を呼び起こすコンテンツが重視されるため、穏健な意見の持ち主が注目を集めることは難しい。したがって、彼らならびに彼らを扱うネット・メディアは、満足のいく収入は得られない。」「聴衆を退屈させない」「今日、世界のポピュリズム運動の主要人物たちは、「連日、騒動を起こす」という原則に基づいて行動している。」(150~51頁)

 著者は、そこに「危険」を感じています。

「なぜ危険かというと、大衆の秘められた暴力的な欲動であるアニマル・スピリッツを解き放つことは比較的容易だが、これと逆の道を辿るのは、はるかに困難だからだ。」

 「恫喝、侮辱、人種差別的な発言、意図的な嘘、陰謀論などからなる彼らの政治スタイルは彼らが登場するまでは、数十年間にわたって政治システムの片隅にあった。しかし今後、こうしたスタイルが政治システムの中央に位置する。今日の若い世代は、政治を観察することによって反リベラルな態度やスローガンからなる国民教育を受けている。こうした教育は、彼らが大人になったときの態度に大きな影響を及ぼす。一度破られたタブーは簡単には修復できない。」

「彼らは何か新しいもの、おそらくさらに刺激の強いものを求めるはずだ。」(155頁)

 偽情報を流している者たちは、無責任な人物であると、わたしは思います。 

 流している情報そのものの真偽はどうでもよいということの無責任、その偽情報を第三者がどう受け取ってもよいという無責任。

 その無責任の上に、彼ら、彼女らは、カネを儲けているのです。カネのためなら、何をしても良い、という点で、詐欺師などと同列ではないかと思います。

 

2026年10月1日木曜日

「世界租税支出透明性支出」

  昨日紹介した『かわいそうな日本の私』に、重要な情報がありました。欧州の国際研究機関が公表した「世界租税支出透明性支出」によると、国際ランキングで、全104カ国のなかで、なんと日本は94位だというのです。

 国家財政から、地方財政から、企業が群がって補助金などをせしめようとしている姿は、ほとんど報道されないけれども、周知の事実であると思います。国家財政から甘い蜜を吸おうと、企業や自営業者は、経団連や日本商工会議所などに結集し、あるいは業界団体を組織して、カネや利権を引き出しています。

 そういえば、三菱が政府からばく大な補助金をせしめてジェット機(MRJ)を製造しようとしましたが、失敗して撤退したことがありました。しかし、三菱は補助金を返していません。

 日本の財政支出の特徴は、利権とつながっているということです。利権ですから、公になることはほとんどありません。沖縄の辺野古の新基地建設も、あれも巨大な利権です。

 ランキングで日本の位置が94位だということは、日本の腐敗度が高いということです。

 ちなみに、1位は韓国だとのこと。国民がきちんと監視している国家と、日本のようにメディアも国民も、政府や地方自治体を監視することをしない国との違いだろうと思います。 

2026年9月30日水曜日

【本】白井聡『かわいそうな日本の私』(ビジネス社)

  この本、奥付には発売が10月1日となっています。しかし、わたしは、今日読み終えました。

 たいへん面白い内容でした。面白い、というのは、要するに得るところが多い書物であるということです。紹介したい個所がいっぱいありすぎるので、少しだけ紹介します。

 末尾に、左派リベラルの実態への言及があります。「左派リベラルの人たちのなかには、何かに反対したり、何かを止めようとしたりする運動を展開するとき、すべての参加者が同じ世界観を持ち、同じ考え方でなければ拒絶反応を示す人々がいる。」(287頁)

 わたし自身、そのような運動に参加してきましたが、今はほとんど参加していません。ここに引用した志向をもった人々と接することがいやになってしまったからです。

 「統一戦線」ということばがむかしありました。今では、ほとんど死語になっています。考え方などが異なっても、この点だけでは一緒になって行動しよう、ということから運動をつくり出すということもしたことがあります。だも、これを維持するのは難しいのです。わたしには属する政治的な団体や組織はないのですが、そうしたところに属している人の中には、「この点だけ」ではなく、あれもこれも入れようとするのです。「同じ考え方」への同調を求めてくるのです。 

  また、運動する人たちの中には、「俺が、俺が・・・」という人もいます。いかに自分自身が運動の中で中心的なことをしてきたのか、あるいはすごいことをしてきたのかを自慢する人です。 

 いやですね。 

 だから今は、完全にone of them 、つまり個人として参加し、わたしのことを知らないような人たちのなかに混じって動く、という運動だけ、参加します。ということは、地元の運動には参加しないということです。

 この本を読んでいると、そのとおり!と思うところがいっぱいあります。白井さんは、かなり忖度することなく鋭く批判をしています。このような自由な批判を行うことはとても大切なことだと思います。

 「中道改革連合」を結成した中心人物に、野田佳彦という人がいます。この人について、「野田佳彦氏は旧民主党を二度までも壊滅させた(括弧内略)咎を責められがちだが、「野田氏は、本当は自民党の秘密党員なのだ」と仮定するならば、この上なく優秀なスパイである」(242頁)と書かれています。今まで、自由民主党にいた方がフィットするのに、なぜ民主党なんかにいるのだろうと思っていました。白井さんの指摘通りだとするなら、理解できます。

 この本、付箋だらけです。1900円+悪税で、そんなに高い本ではありません。読んでみたらいかがでしょうか。