2026年2月20日金曜日

自由?

  昨日届いた『週刊金曜日』。白井聡の文が興味深かった。

 白井は、「日本の多くの投票者にとって「選挙に行く」とは、「自民党に信任票を入れる」ことにほかならない。有権者は、自民党の統治に不満を感じて他党派に票を投ずる場合もないわけではないが、2~3年後には「やはり自民党」という投票行動を現にとってきた。」という。

 そうだね、日本の選挙ってそういうもんだね、と同感する。だってまわりには、保守的な思考を持った人ばかりだから。そしてまた、反体制的なことをいっていた人の中にも、一定の年齢になると、「出世」したいのか、そういうことを言わなくなり、いつのまにか「出世」の階段を登っている。ほとんど悩みもせずに、である。

 だから、いつも、おかしいことをおかしいと言い、怒るべきことを怒る人は、マイノリティでありつづける。

 さて、また白井は、「自民党の驚異的な柔軟性」を指摘する。「自民党をまとめあげる唯一の共通アイデンティティは「反共主義」のみであった 」、自民党の柔軟性(変転)は、「無思想と無節操」による、という。いや自民党には「思想」はあると思う。それは「拝金主義」であり、「名誉欲」である。自民党を支持する有権者も自民党と同じ思想の持ち主で、「無節操」も共通している。

 白井は、「体制の崩壊過程がカンマンである限り、標準日本人は自民党を支持し続けるし、民主主義が肯定的な意味で機能する可能性もない。ゆえに、民主主義擁護の言辞は完全に無意味である。そうしたなかで、残る価値は自由である。」「自由擁護のためには自由を尊重するあらゆる社会的勢力が連帯しなければならない」で結んでいるが、しかし「標準日本人」は、自由を価値として認識することはないと思う。自由を使いこなせないから、日本はこんな社会になったのだ。「標準日本人」は、自由から逃走し、権威にすがりつく。そういう姿が、あちらこちらで見られるではないか。 

 特集は、「「高市一強」を問う」であるが、白井の文以外たいしたことは書かれていない。

 「標準日本人」には、政治的リテラシーはない。そういう人びとが日本をつくっているのである。だから自民党が権力を持ち続ける。

 

2026年2月16日月曜日

“「推し活」を恐れるな”という記事

  昨日の『東京新聞』に、政治学者の宇野重規氏の「「推し活」を恐れるな」という文が載っていた。その最後の文は、

 「推し活」を恐れすぎてはならない。民主主義がそれを使いこなすための工夫が、いま求められている。

 しかし、である。その「推し活」は、カネによって大きく左右される。高市某を「推し活」の対象となるようにしたのは、多額の広告費である。それは篠田博之さんがコラム「週刊誌を読む」で、『週刊プレイボーイ』、『週刊新潮』の記事をもとに書いているのだが、「自民党広報本部の広報戦略局には、大手広告代理店の社員が常駐し」、「公示の一週間前から」協議が始まり、「会議には、広報本部や選対本部、組織運動本部の職員に加え、代理店の社員も参加します」、そしてばく大な再生数を稼いだ動画には、「2億~3億」つかっていたそうだ。

 そして『週刊新潮』の記事は、「若年層、無党派層を動かした風は“人為的に”作られたのである」で結ばれているという。

 要するに、カネを持つ政党が「推し活」を推進するのである。このカネの問題を考えると、自民党はばく大な政党交付金を手にするどころか、パーティー券収入、経団連など経済団体からの政治献金、また業界団体からの献金など、ばく大なカネを集めている。これらは、本質的には“賄賂”の類であるが、その多額なカネが「推し活」に投入される。

 「推し活」を恐れるな、といわれても、その背後に大きなカネが動いているのだから、どのようにしたら「恐れる」必要がなくなるかを示してもらいたい。 

 自由民主党の議席が三分の二をこえたというが、それをつくりだしたのは小選挙区制である。小選挙区制が導入されるとき、わたしは大いに反対した。しかし、山口二郎など政治学者、マスメディア、また最近亡くなった久米宏らが、導入することは「正義」であるかのように煽っていた。小選挙区制導入は、それが導入されると当選できなくなる日本社会党も賛成した。現在、日本社会党=社会民主党が最期のあがきをみせているが、社民党は消えていくことだろう。社民党は、みずからの政治基盤をみずから捨て去ったのであるから、消えていくのはやむを得ない。小選挙区制に賛成したことを反省することもなく、支援を呼びかける姿に、わたしはいつもシラケるのである。

 年表を繰ると、現在の軍拡路線、憲法改悪への動きは、小選挙区制導入の頃から始まっている。

 戦後、鳩山内閣が憲法改悪を目的に小選挙区制導入を画策したとき、「ハトマンダー」といわれて大いに反対運動が高まったという歴史がある。小選挙区制と改憲とは、密接につながっているのである。

 護憲を志向する日本社会党が小選挙区制導入に賛成した動きをみて、これで日本社会党は終わると思ったが、その通りになっている。

 改憲に反対する政治勢力が、国会で少数となった。その結果、どういう動きが起きてくるか。自民党のカネによって人為的につくられた「風」に吹かれて投票した人びとがその結果に驚くことはあるのだろうか。おそらくない。彼らは「風」にのって投票しただけだから、また「推し活」それ自体に責任は生じない。

 これで、日本の富はアメリカに吸われていく。日本国民は、耐乏生活に耐えていかなければならない。

  

2026年2月12日木曜日

顔と選挙 Face and Election

  選挙について、『東洋経済on-line』が興味深い記事をあげた。

 「高市首相の"見た目戦略"が成功」「中道はビジュアルも失敗した」 自民党圧勝《有権者の決め手は"見た目"》だった? その驚く中身と根拠 

 これがなかなか的中していると思う。わたしは高市某の顔は醜悪だと思うし、嫌いな顔である。最近示し始めたあの笑顔も嫌いである。今迄は笑顔なんか見せずに、高慢ちきな顔を示していた。それは高市某がどんな政治家であるかを知っているからである。

 ところが、昨年の総裁選挙頃から、メイクや服装を変え始めた。虎があの縞模様を消して、大人しい牛のような 様相を、表向きはし始めた。

 政治に関心のない人たちは、その変貌にすっかりとだまされたというか、熱狂した。もちろん、自由民主党が多額のカネをだし、SNSやテレビ、新聞、チラシで、変貌した姿を大量に流したからである。政治に関心のない多くの人びとにとって、選挙は一大イベントである。そのイベントに参加する彼らは、日常的な「推し活」的な行動をとった。

 彼らは、自由民主党のビラに書かれている内容なんか見ない。

 わたしはみた。

「日本列島を強く豊かに」という文字がある。しかし日本の経済を弱体化し、貧しくしてきたのは、自民党である。そして裏を見ると、「強い経済で、笑顔あふれる暮らしを」とある。経済を弱くし、国民から笑顔を奪ったのも自由民主党である。次、「地方が日本経済のエンジンに。都市集中の壁を超える」というのも笑止千万である。「都市機能の移転」が叫ばれていたときでも、自由民主党は東京一極集中政策を推進していたことが近年明らかにされている。そして「国際社会の分断の壁を超える」?トランプの分断政策を全面的に支持しているのも、高市自民党である。トランプのペット、トランペット・高市と称される所以である。

 そして「人口減少の壁を超える」だって。結婚し、子どもをつくりという、今迄の暮らしを破壊してきたのも自由民主党である。 

  政治的リテラシーのない人たちが、高市の自由民主党に「熱狂」し、「推し活」をしたのである。

 だが、高市の顔にウルトラナショナリストが隠されているのを、政治に少しでも関心を持っていた人びとは知っていた。選挙が終わったとき、わたしのラインに、自由民主党圧勝の報に驚いた友人たちから、日頃政治の話をしたことがない人たちであったが、今後の政治や生活を心配する声が多数届いた。

 記事に、「笑顔」が得票率を上げるという記述があった。なるほど、自由民主党の悪政に抗する政治家たちは、統一教会べったりの裏金利権政治家らの集まる自民党を厳しく批判していたが、その際、笑顔は見せられなかった。笑顔で批判する人は、そんなにいない。いかに自由民主党の政治が、人びとを苦しめ、偏狭な宗教団体とくっついているかを、厳しく問うていた。厳しく批判していた候補者には、票は集まらなかった。政治的リテラシーを持たない人びとから注目されなかった。これはきわめて悲劇的なことだ。

世界の人びとは、高市率いる自由民主党政権が、平和な国際秩序の破壊に、トランプと一緒になって駆け回る姿を見ることになるだろう。 

 

 Regarding the election, Toyo Keizai Online posted an interesting article.

“Prime Minister Takaichi's ‘Visual Strategy’ Succeeds” “The Centrists Failed Visually Too” Was the LDP Landslide Victory Driven by “Visual Appeal”? The Surprising Details and Evidence

I think this is quite accurate. I find Takaichi's face ugly and dislike it. I also dislike that smile she's started showing recently. Until now, she never showed a smile, displaying only a haughty expression. That's because I know what kind of politician Ms. Takaichi is.

However, around last year's presidential election, she started changing her makeup and clothing. She began outwardly adopting a docile, cow-like appearance, as if the tiger had erased its stripes.
 

People uninterested in politics were either completely fooled by this transformation or became utterly enthusiastic about it. Of course, this was because the Liberal Democratic Party poured in huge sums of money, flooding social media, television, newspapers, and flyers with images of this transformed image. For many people uninterested in politics, elections are a major event. Participating in this event, they engaged in everyday “fandom-like” activities.

 They didn't bother reading what was written on the LDP's leaflets.

I did.

It said, “Strengthen and enrich the Japanese archipelago.” Yet it was the LDP that weakened Japan's economy and impoverished the nation. And on the back, it stated, “A strong economy for lives filled with smiles.” It was also the LDP that weakened the economy and robbed the people of their smiles. Next, “Making regional areas the engine of Japan's economy. Overcoming the barrier of urban concentration” is utterly laughable. Even when “relocating urban functions” was being advocated, it has recently become clear that the LDP was pushing policies for Tokyo's one-pole concentration. And “Overcoming the barrier of division in the international community”? It's the LDP's Takaichi who fully supports Trump's divisive policies. That's why she's called Trump's pet, Trumpet-Takaichi.

 And then there's “Overcoming the barrier of population decline.” It was the Liberal Democratic Party that destroyed the traditional way of life—marriage and child-rearing—in the first place. 
 

People lacking political literacy became “frenzied” over Takaichi's Liberal Democratic Party and engaged in “fan activities.”

But those with even a passing interest in politics knew the face of an ultra-nationalist lurked behind Takaichi's. When the election ended, my LINE feed was flooded with messages from friends—people I never discussed politics with—expressing shock at the LDP's landslide victory and deep concern about the future of politics and their lives.

 The article mentioned that “smiling” boosts vote share. Indeed, politicians resisting the LDP's misrule had harshly criticized the party—a gathering of backroom power brokers cozy with the Unification Church—but they couldn't muster smiles while doing so. Few people criticize with a smile. They were rigorously questioning how LDP politics oppressed people and aligned with a narrow-minded religious group. Votes did not go to the candidates who offered such harsh criticism. They failed to capture the attention of people lacking political literacy. This is profoundly tragic. 

The world will see the Liberal Democratic Party government led by Takaichi running alongside Trump to destroy the peaceful international order. 

Translated with DeepL.com (free version)

 

2026年2月11日水曜日

逃亡

  わたしは、日本の支配層というのは、自立的にものを考える能力に欠けていると思っている。それは今に始まったっことではなく、戦前から、だ。

 自立的にものを考えるということは、責任を負うことができる思考でなければならない。ところが、日本の支配層は、政治家も官僚も、責任を負うことからいかに逃げるかということを考えながら思考する。

 それは今の首相も同じで、ウソをつく、事実を指摘されたらシラを切る、追及されても答えない・・・・とにかく責任を負うということをしない。卑怯者である。そういう輩の思考というか、それに基づく決断というか、それらが人びとの心を捉えるかというと、無理だというしかない。

 もちろん、それについていく輩はいるだろうが、彼らも同じ穴の何とかである。

 絶対多数を確保しても、その多数を差配する能力が欠如している人物であるとき、途中で投げ出して、おそらく逃亡を図ることだろう。

 問題は、能力があるかどうか、である。 

2026年2月9日月曜日

批判の意味

  yahooコメントを読むと、「批判ばかりしている」、「批判するな」という言説によくであう。しかし、批判がなくなるということは、朝鮮民主主義人民共和国のような社会になるということだ。 

 そこでCHATGPTに尋ねてみた。「批判の意義とは?」という問いである。

 

批判の意義は一言で言えば、物事をよりよくするための思考の力です。ただ否定することとは、まったく別物です。

少し分けてお話ししますね。


1. 批判は「壊す」ためではなく「照らす」ためにある

本来の批判(critique)は、

  • 何が前提になっているのか

  • どこに矛盾や偏りがあるのか

  • 見落とされている視点はないか

明るみに出す行為です。

つまり

間違いを暴く
ではなく
構造を可視化する

ことが核心です。


2. 批判がなければ、価値は固定されてしまう

批判が存在しない社会や集団では、

  • 「昔からそうだから」

  • 「みんながそう思っているから」

  • 「権威が言っているから」

という理由だけで、価値観が凍結されます。

批判は
当たり前を一度、宙づりにする行為
です。
それによって初めて、変化や更新が可能になります。


3. 批判は対立ではなく、対話の入口

よく「批判=攻撃」と受け取られがちですが、本質的には逆です。

  • 批判するということは
    → 相手の考えを真剣に受け取っているということ

  • 無関心こそが、最大の拒絶

健全な批判は「あなたの考えを、もっと深く理解したい」という姿勢から生まれます。


4. 自分自身を自由にするための批判

批判は他者に向けるものだけではありません。

  • なぜ自分はそう感じたのか

  • どんな前提に縛られているのか

  • 本当にそれは自分の言葉なのか

こうした自己批判的思考は、他人に支配されないための知的な防御でもあります。


5. 批判が失われると起きること

批判が封じられると、

  • 権力はチェックされなくなる

  • 多様な声が消える

  • 創造性が衰える

歴史的にも、批判の抑圧は必ず思考の貧困を生みました。


まとめると

批判の意義とは、「よりよく考え、より自由に生きるための知的実践」です。

 まったく同感である。批判することを否定する者たちこそ、貧困な思考の持ち主なのである。批判する中身を問うのではなく、批判という行為のみをみて、表面的に攻撃するのである。攻撃者は、批判する中身についての知識は持たない、まさに 「無関心」であった者が、自分は批判できる知的レベルに達していないからこそ、つまり「無関心」であるが故に、己の無知をかくすために、批判ばかりしている、とか、批判するななどと攻撃するのである。 


2026年2月7日土曜日

騒ぎ  Commotion

  選挙中である。ウルトラ右翼の高市某が、理由は分からないが、大した人気だそうだ。

 2005年、小泉純一郎が郵政選挙を行い、自由民主党が圧勝したことがあった。あのときも、人びとは郵政民営化がいかなることであるかを理解しないまま、「風」に揺られて自由民主党に票を集中させた。

 さてその後、郵政民営化のあとどうなったか。土曜日、日曜日の配達はなくなった。特別料金を払えば配達されるが、そうでなければ、土日の配達はない。郵便振替の手数料も高くなったし、郵便料金も高くなった。

 また民営化されたことで、オーストラリアの宅配業を傘下にしようと買収したが、ばく大な損金を計上して撤退した。

 民営化されたことで、すべてがマイナスになった。

 しかしこのことは、すでに人びとの記憶にはない。自由民主党の議員が、日本人は忘れやすいといっていたが、まさにその通りである。過去の自由民主党の施策に対する検証もなされない。

 大手マスコミも、そうしたことはしない。大手マスコミも、自由民主党を盟主とする権力機構を支える機関と化している。自由民主党がいかに統一教会と密接であるかは、今回の選挙では重大な争点であるにもかかわらず、報じることはない。

 わたしはテレビはみなくなって久しいが、それがいかに正しい行為であるかを日々痛感させられる。NHKについては、良い番組があるからと言うが、良い番組とそうでない番組との比率はどうなのかと聞きたい。

 テレビを捨て去るとき、日本はよくなるだろう。

 そして次は、SNSである。無責任な情報、ウソ、虚偽、デマを流す悪質な野郎が、自由民主党などと結託して、人びとの意識を攪乱させるようなことをしているらしい。

 わたしのパソコンやiPhoneには、広告ブロックのソフトを入れてあるから、高市某のキツネ顔は見なくてすんでいるが、人によると、あの顔が何度も出てくるそうだ。選挙の公平は、まったく確立されていない。カネある政党が得する選挙制度。

 日本はまったく民主主義国家ではない。選挙が、国民主権の重要な機会だというのに、単なる騒ぎになっている。

 日本の、近未来には、アメリカの代わりに戦争をする歴史が待っているようだ。その戦争も、おそらく「騒ぎ」だとしか、人びとは認識しないだろう。

 It's election season. Some far-right politician named Takaichi is apparently quite popular, though I don't know why.

Back in 2005, Junichiro Koizumi held the postal privatization election, and the Liberal Democratic Party won a landslide victory. Even then, people didn't understand what postal privatization really meant; they just got swept up in the “wind” and concentrated their votes on the LDP.

So, what happened after postal privatization? Saturday and Sunday deliveries disappeared. You can get them delivered by paying extra fees, but otherwise, there are no weekend deliveries. Postal transfer fees went up, and postage rates increased too.

Furthermore, after privatization, they tried to acquire an Australian delivery company to bring it under their umbrella, but ended up posting massive losses and withdrew.

Privatization resulted in nothing but negatives.

 Yet this is already fading from people's memories. A Liberal Democratic Party lawmaker once remarked that Japanese people have short memories, and he was absolutely right. There is no scrutiny of past LDP policies either.

The major media outlets don't do this either. They too have become institutions supporting the power structure led by the LDP. Despite the LDP's close ties to the Unification Church being a major issue in this election, they report nothing about it.

I haven't watched TV in a long time, and every day I'm reminded how right that decision was. People say NHK has good programs, but I want to ask: what's the ratio of good programs to bad ones?

When Japan gets rid of TV, it will become a better place.

 Next up is social media. It seems malicious bastards spreading irresponsible information, lies, falsehoods, and rumors are colluding with the Liberal Democratic Party and others to confuse people's minds.

I have ad-blocking software on my PC and iPhone, so I don't have to see that fox-faced Takagi woman, but I hear that face pops up repeatedly for some people. Fair elections are completely non-existent. An electoral system that favors parties with money.

Japan is not a democratic nation at all. Elections, which should be crucial opportunities for popular sovereignty, have become mere spectacles.

In Japan's near future, it seems history awaits us to fight wars in place of America. And people will likely perceive even those wars as nothing more than “spectacles.”


Translated with DeepL.com (free version)

 

2026年2月6日金曜日

明日

  明日の夜、わたしは大阪駅に行く。山本太郎の選挙戦最後の演説を聞きに行く。

 れいわには頑張ってもらいたい。