金子文子の思想については、長い文章をすでにアップしている。昨日「金子文子 何が私をこうさせたか」をみ、映画のパンフレットを入手して、あらためて文子の思想の先見性を思った。
文子は、
私は予て人間の平等と云ふ事を深く考へて居ります。人間は人間として平等であらねば為りませぬ。其処には馬鹿も無ければ利口も無い、強者も無ければ弱者も無い。地上に於ける自然的存在たる人間としての価値から云へば総べての人間は完全に平等であり、従って総べての人間は人間であると云ふ一つの資格に依って人間としての生活の権利を完全に且つ平等に享受すべき筈のものであると信じて居ります」(第十二回訊問調書)
と語っている。 この平等感は徹底している。この思想を、みずからの過酷な人生を生きる中で自分自身で会得したことに、わたしは感動する。わたしも同じ思想をもつが、その思想をみずからのものにした契機は、学生時代、映画「夜明けまえの子どもたち」をみたからだった。びわこ学園の重度心身しょうがい児のすがたのなかに、輝くばかりの「人間の尊厳」をみたからだ。ひとりひとりの人間は人間であるが故に尊厳を有し、その人間の尊厳を持つということで人間は平等なのだという思想を体得し、また障がい児教育の本を多数読むところからさらに確信を持ったことを思い出す。
しかし、このような徹底した平等観を持つ者は多くはないように見える。すべての人間がこうした平等観をもてば、戦争なんかあり得ないし、新事由主義の席捲などあり得ない。
なぜか。文子は、こうも語る。
「「君等と妥協する」「改心して社会に順応して生きる」今と為って君等と妥協が出来るなら私はね、社会に居た時既に妥協して居た筈です。君等の御説教は聞かなくとも其の位の智慧はありました。此の位の事は覚悟の上です。何卒御遠慮なく御自由に。私もね実は一度出度いのです。で左様する為めには「改心しました」と頭を下げて一礼入れさへすれば甘く行く事は知って居ます。だがね。将来の自分を生かす為めに現在の自分を殺す事は私は断じて出来ないのです。御役人方君等の前に改めて勇敢に宣言しませう。「私はね、権力の前に膝折って生きるよりは寧ろ死して飽く迄自分の裡に終始します。夫れが御気に召さなかったなら何処なりと持って行って下さい。私は決して恐ろしくは無いのです。」之れが昔も今も変らぬ私の心持であります。」(「第三回被告人訊問調書」1924年1月22日)
一切の妥協を拒否するのである。だから文子の転向などあり得ない。だが、この世には、妥協する人、転向する人が多すぎる。
わたしの経験から、学生時代に格好良く偉そうにしゃべっていた者たちは、ほとんど「君等」の側に今はいる、そして組合活動をしていた者がいつのまにか組合をやめて管理職になっている。あるいは、わたしたちとつきあうときはわたしたちと話を合わせ、そうでないときは真逆の話をする。そういう姿をたくさん見てきた。
人間は弱い。人参をぶら下げられたら、頭を下げる輩が多い。そういう弱さに、「彼等」はつけこんでくるのだ。つけこまれた者たちは、平等観を棄てる。人間の尊厳を、みずからのうちにも、他者の中にも認めるところから、平等観は培われる。
そして、わたしは文子の平等観と共に、小田実の「にんげん皆チョボチョボや」という思想も持っている。
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