2026年3月7日土曜日

「手足まで不自由なりとも 死ぬという只意志あらば死は自由なり」

  映画「金子文子 何が私をこうさせたか」を観た。

 導入部分は、文子が朝鮮で祖母や叔母から激しい虐待を受けていたとき、文子は川で入水自殺を図るが、 「私と同じように苦しめられている人々と一緒に苦しめている人々に復讐をしてやらなければならぬ。そうだ、死んではならない。」(『獄中手記 何が私をこうさせたか』岩波文庫版、172頁)と自殺を思いとどまったところであった。死ぬことよりも、生きていこうと決意したところである。

 そして映画は、文子が縊死したところで終わった。生きることよりも、文子は死を選んだ。刑務所で、文子は厳しく管理され、転向を強いられ、読書を制限され、文子が大切にしている自由が奪われていた。自分自身の生を生きることができなくさせられた文子は、今度は、生きることよりも死ぬことを選んだ。これは自死ではあるが、しかし客観的には、国家権力が強いた死であり、その意味では、天皇制国家に殺されたといえるとわたしは思う。

 導入が、死から生へ、そして最後が、生から死である。その間の文子の生が、主に大逆罪で逮捕されてからの「時間」のなかで描かれていく。その生の軌跡を導くのが、文子の短歌である。文子はいろいろ書いていたはずだが、それはおそらく刑務所側によって廃棄されたのか、刑務所に入ってからのものはない。ただ残されているのが短歌である。

 浜野監督や脚本を担当した山崎さんは、短歌をもとにして文子の「晩年」を描いた。23歳で亡くなっているから、「晩年」という表現はどうかとも思うが仕方がない。

 以前、「金子文子と朴烈」という映画をみたが、わたしがもつ文子のイメージとはまったく合致せず、みるのがイヤになったことがある。文子の主体的で、自立した生き方がなく、あたかも朴烈の添え物のような感じで、とても観られたものではなかった。女優さんには、文子のカケラもなかった。 

 しかし、今度文子役を演じた菜葉菜さんは、まさに文子そのものだと思った。文子は依存的な生き方ではなく、自分自身で生きる道をつくっていくような主体性をもった人物である。また自らが厳しい人生を生きる中で培った思想は強靭である。そうした強靭さを、菜葉菜さんは演じていた。

 最初から最後まで、わたしは緊張しながらみた。スクリーンから、文子が迫力を持って迫ってくるような感じだった。

 浜野監督と、昨年9月にお目にかかって、金子文子を調べ、ここにもそれを掲載したことがある。

 現代に生きる人間にとって、金子文子のような生き方から学ぶことは多い。ぜひ多くの方に観てもらいたいと思う。 

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