2025年8月30日土曜日

気候変動対策は急務

  現在の気温は、36度である。しかし家の外は、おそらく40度を超えているだろう。毎日、毎日、酷暑である。

 それだけではない。昨年は7月中心に40日間、雨が降らなかった。今年は7月、8月の2ヶ月間、ほとんど降っていない。その間一度、土の表面が少し湿るほどには降ったが、あとはずっと晴天が続く。

 浜松市の北部では、時に雷雲が発生して雨が降ることがあるが、しかし遠州南部は降らない。北の方をみると、黒い雲が湧いていても、その雲は南には降りてこない。

 したがって、畑はカラカラである。それでも、雑草は生えるし生長する。雑草はすごいとつくづくと思う。

 干ばつの中でも、冬瓜は次々実をつけるが、近所の方々にあげようとしても、欲しいという人はほとんどいない。仕方ないので、切って中の種を取り除き、4分の1にして配る。今、収穫できるのは、オクラ、茄子、ピーマンである。これらには、水遣りをしているからか、たくさん収穫できる。

 そろそろ秋冬野菜の種まきの時期であるが、生長した野菜苗を畑に植えつけると枯れてしまう。

 旧浜松市の北方は、たくさんの木々がおおっていたが、近年、第2東名が開通したことにより、その地域に多くの工場が進出してきて、緑がほとんどなくなってしまっている。雷雲が降りてこないのは、そのせいではないかと思う。

 3年前からの猛暑、年々暑さを増している。何とかしないと、人間が生きにくい環境になってしまうのではないかと危惧している。

 地球温暖化を防ぐために、人類は大きな決断をしなければならない時期に来ているのではないかと思う。

 

2025年8月26日火曜日

大阪という土地

  わたしの友人に結婚して大阪に住んでいた人がいた。いた、というのは、すでにこちらに帰って来ているからだ。日頃から、大阪はイヤだ、イヤだ、と言っていたが、旦那さんの仕事が終わったので、帰って来て、今は生き生きとしている。

 昨日、九州からの帰途、新大阪駅で乗り換えのために45分間滞在した。たくさんの人びとが行き交っていたが、その人びとの服装、態度、動きなどすべてに「違い」を感じた。わたしが住んでいる地域、九州の息子一家が住んでいる地域、娘一家が住む東京と比較すると、大阪は「異質」だと感じた。

 乱雑というか、あるいは猥雑というか、アナーキーというか。

 その人びとの中に、万博帰りもいた。わたしが気持悪いと思う「みゃくみゃく」のマークのついた袋を持った人。その人びとは、大阪という地域にみごとにはまっていた。

 腕にタトゥーを入れ、マニキュアをし、さらに長い爪をつけてスマホをタップする、肌を露出していた女性たちの一団。わたしの前に、若い男女が、仲よく座ったとおもったら、男が女性の髪を撫ぜる、撫ぜる、・・・。

 わたしの隣に座った若い男性は、指をひたすらスマホ上で動かし、時々、小刻みな声をあげる。ゲームをしているのだろうか。

 大阪から出たいと言い続けていた友人の気持ちが、すこしわかるような気がした。  

2025年8月22日金曜日

蛮行をとめられない世界

  ジェノサイド下のガザのニュースを追っているが、イスラエルという国家の蛮行は鬼畜すらしないものだ。イスラエル建国時から、パレスチナに住む人びとに加えられた暴力、それがずっと続き、今ではパレスチナ人を一掃しようと最後の「仕上げ」に励んでいるようだ。

 昨日、BBCの報道で、西岸地区に住むパレスチナ人が営むオリーブ畑のオリーブをイスラエルの植民者たちが伐採し住民を攻撃する場面をみたが、イスラエル国民全員が、現在イスラエル政府が行っている野蛮な政策を支持しているようで、その政策に乗っかって、西岸地域でもパレスチナ人を追い払おうという植民者たちの動きが活発化しているようだ。

 なぜイスラエルはこのような蛮行をすすめることができるのかといえば、アメリカや西欧の国家群がそれを支持しているからだ。批判すらしない。

 イスラエル国外にいるユダヤ人は、イスラエル政府が行う蛮行を支持していないというが、イスラエル政府が行っていることを批判したり、ブレーキをかける動きがまったく報じられない。

 イスラエルは、キリスト教世界によって迫害されたユダヤ人への「免罪」のために、キリスト教世界によって建国が承認された国家である。そのかわりに、移住してきたユダヤ人によってパレスチナに住む人びとが迫害され、さらに先祖代々住んでいたところから追い出されようとしている。こんな理不尽なことがまかり通っているのだ。

 それを国際社会はとめることもできない。

 現在の世界は、やりたい放題がまかり通る時代へと動いているようだ。

 毎日酷暑の日々が続き、わたしの住む地域には、昨年に引き続き、雨も降らない。地球温暖化対策も、世界の指導者にとってはどうでもよいことのようだ。 

 「人類の英知」ということばがあるが、それが動きだすようなことはないようだ。哀しい時代へと、地球の歴史は進んで行っている。 

 I have been following the news from Gaza under genocide, but the atrocities committed by the state of Israel are beyond barbaric. Since the founding of Israel, violence has been perpetrated against the people living in Palestine, and this has continued unabated. Now, it seems they are striving to carry out the final “finishing touches” to eliminate the Palestinians.

 Yesterday, I saw a BBC report showing Israeli settlers cutting down olive trees in an olive grove operated by Palestinians living in the West Bank and attacking the residents. It seems that all Israeli citizens support the barbaric policies currently being carried out by the Israeli government, and settlers are actively trying to drive Palestinians out of the West Bank as well.

 Why can Israel carry out such barbaric acts? Because the United States and Western nations support them. They do not even criticize them.

Jews living outside Israel claim they do not support the barbaric acts carried out by the Israeli government, but there is no reporting of any criticism or efforts to put the brakes on what the Israeli government is doing.

 Israel is a nation established with the approval of the Christian world as an act of “atonement” for the persecution of Jews by the Christian world. In exchange, Jews who have immigrated are persecuting Palestinians and attempting to expel them from the lands their ancestors have inhabited for generations. Such injustice is being allowed to continue.  

The international community is unable to stop it.

 The current world seems to be moving toward an era where anything goes.  

Every day is scorching hot, and in the region where I live, there has been no rain for the second consecutive year. Climate change measures seem to be of little concern to world leaders.  

There is a saying, “the wisdom of humanity,” but it does not seem to be putting it into action. The history of the Earth is moving toward a sad era.

Translated with DeepL.com (free version)

2025年8月21日木曜日

定数削減

  浜松市議会議員の定数削減の議論が行われている。削減する場合、人口の少ない天竜区となる。天竜区は、旧の天竜市、龍山村、佐久間町、水窪町、春野町の地域によって構成されている。

 平成の大合併によって、これらの市町村の他に、浜北市、引佐町、細江町、三ヶ日町が消えた。旧浜北市などは、浜名区に統合された。

 当初、地域の自治を尊重すべく、区は7つあり、旧市町村には地域協議会が置かれ、住民自治への配慮があった。ところが、浜松市政を思い通りにしたい故鈴木修が「区をなくせ」と主張し、浜松市に行政改革審議会をつくらせ、それでも市長がいうことを聞かないからと、市長選で別の候補者を押し立てて当選させ、やっと区を三つにさせた。故鈴木修の言うがままに動いていたのが、現在の鈴木静岡県知事である。

 区が三つになったら、今度は議員の定数削減である。旧浜松市は中央区となり、人口は多い。

 静岡県の西部は、平成の大合併が「成功」した地域である。天竜川以西には、浜松市と湖西市しかない。以前は、4市7町1村あった。それがたった二つ。

 この大合併が行われる前、わたしは合併に反対していた浜松市議会議員とともに、周辺の町村を訪問し、議員等との話し合いをもったことがある。彼らの関心は、大きな都市と一緒にならないと社会保障などが危機に陥る・・・などと危機感をもっていた。財政的には難しいことはあるかもしれないが、それでも、地方自治というのは、小さいほど実効性ある施策が展開できること、大都市に合併すると人口はさらに減っていくことなどを話した。しかし、地方自治のあり方のあるべき議論よりも、彼らの危機感は、おそらく煽られたのだろうが、無視できないほどだった。

 さて合併したあと、様々な変化が生まれてきた。各市町村におかれていた企業の出張所が閉鎖され、人口は減った。役場の職員も減った。大雨などで道路が通れなくなったときに、従来なら静岡県が行っていたことを政令指定都市・浜松市が担うようになり、工事が遅くなった。国保料があがった・・・・いろいろな声がでてきて、合併しなければよかった、という声も聞こえるようになった。

 さて、今回の市議会議員の定数削減は、 「各区の議員1人当たりの人口で比べた1票の格差は、天竜区は他2区に対して2倍を超えている」ということから、天竜区の定数、現在3をまず減らす方向を考えているようだ。天竜区はもちろん異議を唱えるだろうが、しかしこのようなことは、合併前に予想できたことである。

 長野県をみれば分かるが、今でも町村はたくさんある。静岡県でも東部は、町が残っている。県西部の人びとは、中央の施策に従順なのだろう。素直に従ってきたということである。素直にしたがえば、どういう結果が生じるか、ということである。

 住民自治は、自治体が小さければちいさいほどよい、のである。合併を促進する理由は、いつでも財政と行政の効率化である。

 効率化により捨てられるものは多いことを肝に銘じるべきである。 

2025年8月18日月曜日

投げ込まれたチラシ

  朝、旧統一教会のチラシが郵便受けに入っていた。20年以上前、統一教会の若者が、北海道の珍味の訪問販売に来たり、なんらかの署名を求めに来たりしていたが、近年はさっぱり来ていなかった。

 統一教会は、駅周辺でカンパ活動を行い、その金を韓国の教団本部に送ったいたらしい。また、キリスト教だといいながら、人びとをだまして多宝塔やいろいろなものを極めて高額な価格で買わせていたり、反社会的な活動を熱心に行っていた。

 あまりにあくどいことをしていたので、大きな批判を浴び、活動は少しは自粛したようだが、今度は信者に多額のカネを出させて、韓国に送っていたようだ。

 統一教会について良い話は皆無である。そして元首相の安倍晋三が殺害された事件を契機に、信者たちから多額の寄付金をせしめていたことが白日の下にさらされ、今まで蜜月関係にあった自由民主党の議員からも捨てられつつある。とはいっても、自由民主党議員の秘書にはいまだ信者がいるという。

 さて、投げ込まれたビラは、旧統一教会が宗教法人としての地位を失わせることに危機感をもった教団が焦燥感をもっていることを示している。反共の団体であることを前面に出して、旧統一教会がなくなったらどうなるかと危機感を煽るものとなっている。

 今までの反社会的行動を振り返ると、そういう団体に宗教法人として優遇することはいかがなものかと思う。宗教法人にはいろいろあって、他にも問題ある宗教法人がある。宗教法人に対しては、税の優遇措置をもっと厳しくする必要があると思う。とりわけ旧統一教会からは宗教法人としての地位を剥奪すべきである。

 

物価高騰対策?

  浜松市が、物価高騰対策として、デジタル商品券を売り出すという。5000円を買えば、6000円分使える、と言う代物だ。これを25万口販売する。ばく大な経費となる。1000円×250000=? この公金が、PayPay利用者に与えられるのだ。

 しかしですね、わたしはPayPayなんかやっていない。中国は全てデジタルで決済できるようになっているらしいが、日本もそうした社会にもっていきたいのだろう。でも、わたしは信条として使いたくないので、通販以外は現金で支払っている。

 PayPayで決済している人以外は、このデジタル商品券を利用できない。これは差別ではないかと思う。

 マイナンバーカードに健康保険証をひもづけるという愚策を、河野太郎自民党大臣らが推進しようとしたとき、これもPayPayなんかと提携して、2万ポイントを与えるということから、多くの人がマイナ保険証づくりに殺到したということがあった。

 公的機関が、PayPayなどの私企業と提携してこうした事業を展開することは、「公正」ではない。それらの企業も、利用してくれれば少しの儲けもあるのだろうから、私企業に儲けさせる一つの手段となりうるのではないか。

 わたしは、物価高騰で、渋い生活を送っているが、PayPayを使えばトクするという事業には参加しない。 こうした不公正な施策はすべきではない。

 

2025年8月17日日曜日

外国人との摩擦

  自動車産業最優先の政策の下、国民の所得が30年間、まったく上昇しなかったこと、また円安にともなう物価高で国民の生活が困難を極めている中、減少した国内需要を外国人観光客に依存しようとする政策が展開された。

 どこに行っても、外国人観光客が来ている。それは許容できることだが、しかしこういう政策は、まったくもって迷惑である。

 スーツケースやマットレス…「生活感のない不自然なごみ」が教える"闇民泊"。新宿で見た《民泊の実態と民泊からのごみ問題》

 「インバウンド」ということばが使われるようになって久しいが、政府がこうした「民泊」の「自由化」を行ったことから、住民との間に摩擦が生じている。

 また、「米がない!」というなか、農水省はその理由としてインバウンド需要が高まったことを挙げていた。

 米を主食とする国民が米を買えないのに、外国人観光客には米を提供する。国民が怒るのは当然である。

 排外主義的な政策を掲げた参政党が躍進したのは、自民党・公明党政権によるこうした「今だけ、カネだけ、自分だけ」という、とにかく外国人からもカネを儲けられたらいいじゃないかという近視眼的な政策が、次々と展開されたからである。もちろんそうした施策を考え出したのは官僚であろうが、官僚も先の見通しをもたずに行き当たりばったりの政策を打ちだし、とにかくカネが儲かればいいのだろう、というアタマの悪い施策をつくりだした。

 外国人労働者も増えている。わが家の裏のアパートにも、外国人が住んでいる。しかし、彼らは長く住むのではなく、人が替わっていく。その度ごとに、わたしも含めた近所の住民がごみ出しのやり方を教える。なかには、それを無視する人もいる。

 これは、日本の産業界が、日本人の少子化に伴い、労働者が不足しているために、安価な労働力を海外から導入すればよいという政策の結果である。

 日本人を正規で雇用し、適正な給与を払っていれば、人びとは結婚し子どもを育てるという生活を営んでいたはずである。産業界の低賃金政策に照応し、派遣労働などを合法化し、また国や自治体も「会計年度職員」という制度を編み出し、公務労働に於いても低賃金労働者をつくり出している。そうした低賃金政策が、「魔の30年」をつくりだしたのだ。

 現在の日本の難局は、経団連などの産業界と、自民党・公明党政権とがつくりだしたものである。その結果が、排外主義的な政治勢力の台頭につながったのだ。

 そのような政権を支えたのが、利権政治である。とくに産業界などにカネをばらまき、あるいは中抜きさせ、税金をまけてあげ、業者の歓心を買い、選挙で票を集めてきた。国民の税金は、利権政治につかわれているのである。利権政治をなくすためには、政府の懐に確実に入ってくる消費税をなくすことがいちばんの近道ではないか。