2026年1月31日土曜日

カルト教団が日本のマスコミに手を伸ばしている Cult groups are extending their reach into Japan's media.

  『TM特別報告書』、統一教会トップの韓鶴子への報告書の内容が少しずつ明らかになっている。「高世仁のジャーナルな日々」、「Tansa」で詳しい報告が次々となされているので、読んでほしいと思う。

 さてまず今日のTansaの報告で驚いたのは、統一教会が、政治家だけではなく、マスコミ関係者にまで触手を伸ばしていることが明らかになったことだ。

 Tansaの「編集長コラム」には、『毎日新聞』記者が、「教団関連のイベント等に参加し」、「 「あまりに素晴らしく感動的」と感想を統一教会に寄せた」と書いていることが指摘され、それはすでに『毎日新聞』がそうした事実を紙面で報じているようなのだ。

 その記者は、「教団関係団体の主催とは認識していなかった」としているが、それはウソだろう。「渡航費や宿泊費は統一教会側が負担」していたというからである。知らなくてカネを出してもらうなんてあり得ない。もし費用を誰が出してくれたか分からない、というのなら、そいつは記者失格である。

 しかし『毎日新聞』だけではなく、「特別報告書」には複数の、マスコミ関係者の名前が記されているということだ。「編集長コラム」は、「 実は、統一教会のイベントに参加したり、賞賛する感想を寄せたりした記者として、TM特別報告書に登場するのは、毎日新聞だけではない。他の全国紙やテレビ局、雑誌の記者も出てくる。」と書いている。

 すべてのマスコミは、隠すことなく、しっかりとまず公表すべきである。 日本のマスコミは、腐っている。

 The contents of the ‘TM Special Report’ submitted to  Hak-ja Han, leader of the Unification Church, are gradually coming to light. Detailed reports are being published one after another in “Takase-jinn's Journal Days” and “Tansa,” so I urge you to read them.

Now, what surprised me most in today's Tansa report was the revelation that the Unification Church extends its tentacles not only to politicians but also to media figures.

 Tansa's “Editor's Column” points out that a newspaper Mainichi Shimbun reporter “participated in church-related events” and “shared impressions with the Unification Church, stating it was ‘too wonderful and moving.’” It appears the Mainichi Shimbun has already reported these facts in its print edition.

 The reporter claims he “was unaware it was organized by a church-affiliated group,” but that's a lie. After all, “travel and lodging expenses were covered by the Unification Church.” It's impossible to be unaware and still have someone else foot the bill. If he truly didn't know who covered the costs, he's unfit to be a reporter.

However, it's not just the Mainichi Shimbun; the “Special Report” lists the names of multiple media personnel. The “Editor's Column” states: “In fact, the Unification Church's TM Special Report names not only Mainichi Shimbun reporters who participated in its events or submitted praise, but also reporters from other national newspapers, TV stations, and magazines.”

All media outlets should disclose this information fully and without concealment. Japan's media is rotten.

 I've been relying on Deepl.

【演劇】トム・プロジェクト プロデュース『モンテンルパ』

  1953年、フィリピンに収容されていた日本軍兵士のBC級戦犯108人が日本に帰還してきた。全員が帰還できたその背後で、歌手・渡辺はま子、真言宗僧侶加賀尾秀忍がたいへん尽力していたこと、それらを、歴史の事実として舞台化したものである。渡辺はま子がうたう「あゝモンテンルパの夜は更けて」が、その史実を象徴するものとされる。

 アジア太平洋戦争に於けるフィリピンでの戦闘、日本軍兵士はフィリピンでもっとも多く亡くなっている。戦死者の統計を、いくつかの自治体ごとに集計したことがあるが、断然、フィリピンでの戦争死が多い。戦争死と書くのは、日本軍兵士は戦闘で亡くなるのではなく、飢餓や栄養失調症など戦病死した者が6割をこえるからである。フィリピンで日本軍兵士は、きわめて過酷な戦場を経験している。大岡昇平が『レイテ戦記』、『野火』で描いた通りである。

 そしてもちろん、日本軍兵士は、フィリピンでも、残酷な侵略行為を行った。フィリピンでの日本軍兵士の蛮行は今でも確実に子々孫々に伝えられている。わたしも読んだことがあり、たとえば、赤ん坊を空に放り投げ、銃剣で突き刺したという事例が知られている。

 劇の前半、BC級戦犯の帰還問題を取り上げるだけで、そのようなことへの言及がないので、わたしはきわめて不満であった。しかし加賀尾がキリノ大統領を訪問したとき、キリノ大統領が日本軍兵士により家族を失ったこと、日本軍兵士がフィリピン人を閉じこめて火を放ったことなどを語ったので、やっと出て来たかと思った。

 さて舞台であるが、簡素な装置、登場人物は11人、それを5人でこなす。主人公の渡辺はま子は島田歌穂、加賀尾秀忍は大和田獏がそれぞれ演じたが、それ以外の9人を3人でこなすというもので、3人の役者の苦労が推測される。

 渡辺と加賀尾が奔走し、戦犯たちが帰還する過程が劇化されたわけだが、やはり劇のヤマ場は、キリノ大統領と加賀尾の面会の場面であろう。ここでのやりとりに、この劇を書いた作者(シライケイタ)の意図があり、ストレートにそれが伝わってきた。

 浜松演劇鑑賞会のパンフレットに、この劇の作・演出を行ったシライケイタの文が掲載されていた。

 戦争の背景に「復讐心がある」と考えるシライケイタは、この厄介な「復讐の連鎖に陥るのも、復讐の連鎖を断ち切るのも、人間にしかできない」とし、「この作品は、どうか人間が復讐の連鎖に陥ることなく、理性と愛情をもって他者を許す存在であってほしい、という切なる願いから生まれました」と書いている。

 「復讐の連鎖」は、世界各地で行われている。過去、自民族が受けた迫害が記憶の中から引き出され、迫害した者たちに「復讐」する、そうした事例はたくさんある。「復讐を断ち切る」ためには、迫害された者ではなく、迫害した者たちが、心からの謝罪と賠償を行う必要がある。そして迫害された者たちが「もういいよ」と言うまで、それは続けなければならない。そうしてはじめて「復讐の連鎖」が断ち切られる。

 残念ながら、この劇が描く歴史には、迫害した日本によるそうした謝罪と賠償が描かれていない。実際それがなかったから、描くことはできなかったのである。フィリピンの側、つまり迫害された側に、僧である加賀屋が働きかけて迫害された側の大統領の人間的な良心に訴えかけて戦犯の帰還が実現したのである。

 ということは、それでは「復讐の連鎖」が断ち切られたとは言えないだろう。「復讐の連鎖」を断ち切るためには、迫害した者たちが長い長い期間にわたる誠意ある謝罪が必要だ。はたして日本は、アジア太平洋戦争において迫害した人びとへの誠意ある謝罪をしてきたのか。いやしてこなかった。とりわけ中国や韓国・朝鮮へは。ということは、もし今後戦争がそれらの国との間で起きるなら、日本人に対しての「復讐」が繰り広げられるだろう。

 迫害した者たちはすでに忘れているのだろうが、迫害された者たちの記憶のなかには、くすぶり続けている怒りがある。それを想像できない愚かな政治家が政治のトップに立つことほど恐ろしいことはない。

 いま、それが現実化している。

 幕が下りた後、加賀尾役の大和田獏が、愚かなリーダーが国のトップになると、たいへんなことになると言っていたが、今やそれが現実なのである。

 会場は満員御礼、立ち見までいた。この劇を観た人びとが、この度の選挙で、賢明な投票行動をとることを心から望みたい。

 

  

政治を忌避?

  歴史を研究するということは、過去の政治について考察の対象とするということである。政治史だけではなく、農業などの産業史、文化史・・・・・どの分野での研究においても、政治との関係は必須である。

 しかし、わたしが属している研究会での例会や会報をみても、現在の政治と切り結ぶ内容がとりあげられることはほとんどない。長い間そういう傾向が続いているので、会報用にいくつかの原稿を送っている。毎回わたしの原稿を載せられないだろうから止む得ないが、これが現在書かれるべきものであるのかという疑問を抱くものが掲載されている。

 近現代史の研究者でさえ政治を忌避する、あるいは関心を持たないのであるから、若者たちの間で政治が論じられないのは当たり前だと思う。

 若い頃、遠山茂樹さん、原口清さん、海野福寿さん、田村貞雄さん、金原左門さん、ひろたまさきさんらとのつきあいの中で、現に自分が生きている時代の政治的課題を意識して研究テーマを設定すべきで、政治の動きにはビビッドでなければならないという意識を醸成してきた。これらの尊敬すべき歴史研究者とは、いかなる政治問題でも十二分に語り合うことが出来た。

 先に紹介した『越境のアーティスト 富山妙子』に、「政治問題に関わる表現者は本当に食えない」という語りがあった(37)。政治に関わると、カネや地位とは無縁となる。決してトクになることはない。しかし、関わらないまでも、関心をもつ、問題意識を持つことくらいはできるだろう。

 政治社会と隔絶したミクロな研究をおこない、みずからの趣味的な文を書く、というのが、現在の風潮である。

 現代の政治社会的課題を見据え、今何を書かなければならないかを考えながら、書き、発表するというひとが、少なくなった。

 

2026年1月30日金曜日

統一教会と自由民主党

  自由民主党と統一教会の蜜月は、高市某が首相となったことで、より強固になったのだろう。統一教会べったりの者たちが、いずれも自由民主党の公認候補となっている。統一教会は、高市が首相になることを心から期待していたから、なおさらだろう。

 韓国の統一教会からみつかった「TM特別報告書」。TMとは、true mother、韓鶴子のことである。韓鶴子に提出したこの報告書には、高市について、「高市氏が自民党総裁になることが天の最大の願い」と書かれているという。統一教会にとって、高市は期待の星なのだ。

 さて、高世仁さんも、この報告書を紹介しつづけている。そこでこう書いている。

 そもそも韓国の宗教団体、しかも韓国を世界の頂点に押し上げようという意図を持った反日団体が、なぜ必死に自民党を応援するのか?

 「反共(反共産主義)」で一致するから? ➡ ブー!不正解!

 それは表面的な理由で、実は奥深い真の意図がある。

 その答えは、「復帰」という語に込められているという。つまり、「復帰」とは、「お母様にひれ伏して拝する」ことらしい。統一教会が自民党の中に入り込むのは、首相が韓鶴子にひれ伏すことを求めるからである。

 またTansaでも、報告書を詳細に紹介しつづけている。 報告書には、

 特別にお母様が天正宮集会で日本の国家復帰について深刻ながらも貴重なお話をしてくださり、私たちを指導してくださいました。 

日本国が歴史的に清算すべき過去、日本の指導者たちの歴史認識問題とあわせて、特別に安倍首相については7日間の原理修練を受けさせると同時に、夫人も共につなげて祝福を受けるようにうまく導かなければならないという、祝福と激励の御言葉をくださいました。

お母様は日本国が過去100年史をめぐって背負ってきた朝鮮民族への罪について、ユ・グァンスン烈士を例に出す等、日本の罪を強調しながらも、天の父母様が人類救済6000年の歴史をもって準備されてきた真の父母様を、日本国と指導者たちが正しくお迎えして一つになり、天の摂理を手伝い、天が期待する役割をする時にようやくその清算を終えることができると言いました。天が準備された時機と歴史的な使命についてお話しくださいました。
  
私はお母様が日本の清算をお話しされる時さえも、その御言葉の中に愛と生命を感じ、その御言葉の中に溶けてしまいたい衝動に駆られました。

 と書かれているとのこと。 

 植民地支配の責任など歴史的責任にいっさい頰被りしている自由民主党が、日本国の「国家復帰」(日本国家が韓鶴子に全面的にひれ伏す)を求めているカルト宗教団体と硬く手を結ぶというおかしさ。安倍晋三はじめ安倍派の面々は、Koreaや在日コリアン、「朝鮮人従軍慰安婦」の問題などにたいして、厳しく差別的な対応をしてきた。日本国家至上主義者ら、右派の面々が揃う自由民主党が統一教会と組むという、その精神的メカニズムを知りたいと思う。

 要するに、自由民主党とは、思想も信条もなく、行き当たりばったりに特定の勢力と結びつき、みずからの利権を貪ること、これだけのために集まる政治集団であるということだ。それが日本国家の政治権力を握っている。

 ああ恐ろしい!!

 The honeymoon between the Liberal Democratic Party and the Unification Church likely grew stronger when Takaichi became Prime Minister. Those closely aligned with the Unification Church have all become officially endorsed candidates of the Liberal Democratic Party. This is especially true since the Unification Church sincerely hoped Takaichi would become Prime Minister.

 The “TM Special Report” discovered at the Unification Church in South Korea. TM stands for True Mother, Hak Ja Han. This report submitted to Hak Ja Han reportedly states regarding Takaichi: “Ms. Takaichi becoming LDP president is Heaven's greatest wish.” For the Unification Church, Takaichi is their shining star of hope.

Now, journalist Takase Jin also continues to cover this report. He writes as follows:

Why on earth would a South Korean religious group—specifically an anti-Japan group intent on elevating South Korea to the world's pinnacle—desperately support the Liberal Democratic Party?

Because they share an “anti-communist” stance? ➡ Boo! Wrong answer!

 That's just a superficial reason; there's actually a deeper, true motive.

The answer, it seems, lies in the word “reunification.” That is, ‘reunification’ apparently means “bowing down and worshipping the Mother.” The Unification Church infiltrates the LDP because it demands the Prime Minister bow down to Hak Ja Han.

The independent news group Tansa also continues to provide detailed coverage of the report. The report states:

"Especially, Mother gave us profound yet invaluable guidance regarding Japan's national restoration during the Tenshōgū Assembly. 

Regarding Japan's historically unresolved past and the historical awareness issues of Japanese leaders, she gave words of blessing and encouragement, stating that Prime Minister Abe must be guided to undergo seven days of Principle training, while also skillfully connecting his wife to receive the Blessing together.

Regarding Japan's sins toward the Korean people over the past 100 years, Mother emphasized Japan's responsibility, citing examples like the martyr Yu Gwang-sun. She stated that Japan and its leaders must correctly welcome True Parents, whom Heavenly Parents prepared through 6,000 years of human salvation history, become one with them, assist Heaven's providence, and fulfill the role Heaven expects. Only then can this settlement be completed. He spoke about the timing prepared by Heaven and the historical mission.

Even when Mother spoke about Japan's settlement, I felt love and life within her words, and I was driven by an impulse to dissolve into those words.

It is written that... 

The absurdity of the Liberal Democratic Party—which completely ignores historical responsibilities like colonial rule—forming a firm alliance with a cult religious group demanding Japan's “national restoration” (meaning Japan's complete submission to  Hak Ja Han). Shinzo Abe and his faction have consistently adopted harshly discriminatory stances toward Korea, Koreans in Japan, and issues like the “Korean military comfort women.” I want to understand the psychological mechanism behind the Liberal Democratic Party—a gathering of Japanese supremacists and right-wingers—teaming up with the Unification Church.

In short, the Liberal Democratic Party is a political group that gathers solely for one purpose: to greedily pursue its own vested interests by forming opportunistic alliances with specific factions, devoid of any ideology or conviction. This is the group that holds Japan's political power.

How terrifying!!


Translated with DeepL.com (free version) I made a few corrections. 

 


日本のカルト政党・自民党(LDP)

  何度も寒波が襲来する季節に、総選挙が行われている。新聞報道では、裏金にまみれ、韓国の統一教会や日本のカルト的な神道集団などに支えられた自由民主党が優勢だといわれている。そしてその自民党のトップが高市某という、ウソや虚偽情報を平気で口に出すという人物。そしてさらに反省もない。

 自由民主党という政党は、韓国のカルト教団・統一教会の教組であった文鮮明と「反共産主義」という点で一致し、安倍晋三の祖父や右翼の大物であった笹川良一らと組んで強い結びつきを保持してきた。

 その統一教会、文鮮明の命令の下、多額のカネを、日本で霊感商法などの不当な手法で入手し、韓国に送金してきた。その金額はおそるべき額になる。そのなかで、大勢の日本人が泣かされた。霊感商法に対する批判が強まる中、統一教会は今度は信者から、様々な理由をつけてカネをまきあげてきた。そのカネが、統一教会の建物群となり、政界への賄賂となり、またハンハクチャ(韓鶴子)らがラスベガスでカジノをする原資ともなった。

 どの宗教団体も、教祖とその周辺が、何をしなくてもカネが入るという仕組みをつくる。宗教団体は、みずからのそうした仕組みを保護してもらうべく、また教義を人びとに押しつけるために政界とつながる。自由民主党は、多くの宗教団体と結びついている。

 さて、宗教団体の中でも、自由民主党との絆が強いのが統一教会である。統一教会の内部文書が韓国で発見され、それが公にされた。自由民主党の政策の中に、統一教会の主張と足並みを揃えるものが入り込んでいる。その点で、自由民主党は、統一教会の傀儡政党でもある。

 しかし、日本の人びとは、そうした自由民主党に、選挙の度に票を入れてきた。自由民主党がいかなる悪事を働こうとも、みずからに利権やカネを儲けさせてくれるなら支持するよ、というのが、日本の人びとの意識である。そこには倫理や正義はない。ただカネ、カネ・・があるだけだ。

 そうした姿が明らかになる前に選挙をやってしまおうというのが高市某の野望である。

 今後日本は、危ない途を選んでいくのだろう。一般的に、直接危険に直面したときにだけ、人びとは危険を認識する。それまでは考えない。想像力がある人なら、こういうことがあるから、こういうことが積み重なっていけば、いずれこうなるのだということを予想する。しかしふつうの人びとはそういうことをしない。人びとが気がついたときには、もう遅い、ということになる。そういう歴史を、近代日本の人びとは体験してきた。

 カルト教団統一教会と結んだカルト政党の危険な、軽はずみの企みを阻止することが、この選挙での重要な課題である。

 Amid repeated cold waves, the general election is underway. Newspaper reports indicate the Liberal Democratic Party, mired in slush funds and backed by groups like South Korea's Unification Church and Japan's cult-like Shinto organizations, holds the advantage. And at the helm of this LDP is a certain Takaichi—a figure who casually spouts lies and false information. Worse still, she shows no remorse.

 The LDP party shares common ground with the Unification Church, a cult organization in South Korea founded by Sun Myung Moon, on the point of “anti-communism.” It has maintained strong ties by aligning with figures like Abe Shinzo's grandfather and Sasagawa Ryoichi, a major right-wing figure.

Under Moon's orders, the Unification Church obtained vast sums of money in Japan through unfair practices like spiritual sales tactics and sent it to South Korea. The sums involved are staggering. Countless Japanese people were victimized in the process. As criticism of spiritual sales tactics intensified, the Unification Church then began extracting money from its own followers under various pretexts. That money became the Unification Church's building complexes, bribes to the political world, and also the seed money for Han Hakucha and others to operate casinos in Las Vegas.

 Every religious organization creates a system where money flows in without the founder or their inner circle having to do anything. Religious groups connect with the political world to protect these systems and to impose their doctrines on people. The Liberal Democratic Party is tied to many religious organizations.

 Now, among religious groups, the Unification Church has particularly strong ties to the Liberal Democratic Party. Internal documents of the Unification Church were discovered in South Korea and made public. Policies within the Liberal Democratic Party align with the Unification Church's agenda. In this sense, the Liberal Democratic Party is also a puppet party of the Unification Church.

 Yet, the Japanese people have consistently voted for this LDP in every election. The mindset of the Japanese people is this: no matter what misdeeds the LDP commits, as long as it secures privileges and money for them, they will support it. There is no ethics or justice here. Only money, money...

The ambition of a certain Takaichi is to hold elections before this reality becomes fully exposed.

 Japan will likely choose a dangerous path from here on. Generally, people only recognize danger when directly confronted by it. They don't think about it beforehand. Those with imagination might foresee that certain events, accumulating over time, will eventually lead to a specific outcome. But ordinary people don't do that. By the time people realize, it's already too late. Modern Japanese people have experienced this kind of history.

 Preventing the dangerous, reckless schemes of a cult-affiliated political party tied to the Unification Church cult is a crucial task in this election.

 

 

2026年1月29日木曜日

社会学の隆盛

  長年近現代史の研究をしてきた。わたしは法学部の出身ではあるが、歴史の研究方法などは歴史学者として多くの研究ある人びとから手ほどきを受け、文学部史学科出身の研究者、歴史研究の方法を身につけた人びととも交流し、一定のレベルにまで達していると思っている。

 しかし今日、歴史研究の担い手として、文学部ではなく社会学の分野の人びとの名を多くみる。実際、大学の文学部史学科で学ぶ人びとの数は減らされてきている。大学のアメリカ化が進められる中で、当初日本の大学制度はヨーロッパ型で出発して、学部構成もヨーロッパ型であった。法学部、文学部、理学部・・・・というように。

 文部官僚がアメリカに多く留学する中で、大学制度の改変がある度にアメリカ型へとほぼ強制的に変えられていき、その結果、歴史研究は文学部史学科ではなく、社会学部で行われるようになってきた。

 その結果、方法的に史資料の扱い方が無原則になり(史資料の価値にはおのずから軽重があるが、社会学者はそれを軽視するなど)、また研究の視点というか立場も、流動的なものへと変わっていった。

 最近わたしは、1960年代末から70年代初めの高校紛争に関することを書いたが、その時代を取り扱った小熊英二(社会学者である)の『1968』に大いに異和感を持った。

 今読んでいる酒井隆史『賢人と奴隷とバカ』(亜紀書房)には、小熊のその本に関して、「その事実確認のおびただしさ、当事者の認識とみずからの解釈との重大な齟齬を平然と無視する独善的記述」(167)と書いている。同感である。しかし、社会学者が歴史研究を行う際によくあることでもある。これはまた、民俗学者とも共通する。史資料に対する謙虚さと敬意がないから、みずからの立てる仮説に都合が良くなるように史資料を扱う。

 学問研究に厳密さがなくなってきている。

 それと歩調を合わせるかのように、学問研究のもつ意味が社会の中で軽んじられる傾向が強まっている。 

 今日、『現代思想』の臨時増刊号「ハンナ・アーレント 生誕120年」が届いたが、その巻末のコラムに、「現実のなかでいったい思想に何ができるのか」と問う文があった。思想を学問と読み替えてみてもいいだろうと思うが、思想や学問が現実と乖離してしまっている、本来ならば思想や学問が現実との距離をつめていかなければならないのだろうが、実際にはどんどん離れて行ってしまい、人びとにとって思想や学問がある意味で無用なものになってきているように思える。 

 酒井は、先の書籍で、「社会機構に刻まれた「忘却」によって、言葉が発せられるやいなや、まとわりつく社会的文脈、歴史的文脈が解体される。言葉に「いま」しかなければ、矛盾や一貫性を気にしたり、それに首尾一貫性を与える必要もない。同時に、両義性や意味の膨らみといった言葉の持つ効果も衰弱し、その領域は平板な平面と化してくる。というのも、両義性や多義性が生じるのは、一貫性や整合性が絶えず参照項として想定されているがゆえにだからである。」(34)と書いているが、公的な場で、明確なウソや思いつきを平気で語り、それがウソであること、間違いであることを指摘されても平然とかまえる人びと。とりわけそれは政治家に多く、安倍晋三や高市早苗にそれが甚だしいのだが、ことばは孤立した「いま」だけのもので、それが真実であるか、根拠があるかは、あるいは一貫性があるかなどというものは、人びとにとってはどうでもよいことになっている。

 まさに学問や思想といったものが、人びとのあいだには存在しない状況となっている。存在しないのだから、無用であろうと有用であろうとどうでもよいのである。

 学問や思想が軽視され、それが社会の中で疎外されている状態が、新自由主義の資本主義の特徴であるように思える。そんなことに関心をもたずに、カネだ、カネだ・・・・・

 書き始めたら、主題と離れたところにまで来てしまった。現実は、混沌としている。そのなかで、ひっそりとあるいは騒々しく、日本は危険な方向に動いている。止めることはできないだろうか。開高健の「パニック」を想起する。

 

2026年1月28日水曜日

富山妙子のこと

  皓星社から『越境のアーティスト 富山妙子』が出版されたことを知ったのは、1月中旬だった。書店に注文したが、品切れとのこと。そこで書籍を購入する場合につかうヨドバシカメラの通販で予約した。それが今日届いた。同書は昨年12月に出版されたばかりなのだ。そんなに富山妙子という画家の名が知られているとは思えないのに、なぜ?と思う。

 富山妙子は、近代日本国家が犯してきた無数の罪、その犯罪のもとで苦しみあがく人びと、現代日本国家が切りすててきたものをシンボリックに描く。さらに富山の眼は、隣国にも及び、そこにも近代日本国家の残滓が人びとを苦しませている徴(しるし)を知り、それを描く。 

 富山の眼は対象を確実に、そして強く見据える。

 本書を読みはじめる。最初に真鍋祐子の「序文 切れて、繋がる「旅芸人」の海へ」がある。

 そうだ、富山は、人びとと繋がる絵を描いてきた。ただたんに、富山がつながるだけではない、その絵を見つめる人びとを描かれたその絵に関わる人びととをつなげるのだ、巻頭に掲載された絵画は、まさにそうしたものだ。

 ただ富山は、つながるだけでなく、「切る」こともする。真鍋の文の(注)に、「長年協働してきたある著名文化人が天皇制に宥和的な態度を見せはじめたことで、富山はこの人物と距離をおくようになり、やがて自然と両者の関係は切れていった」と書かれている。「ぶれる」相手とは「切れて」いった。

 富山は、厳しい。しかし、その厳しさが、富山の絵画を支えている。

 わたしは、そうした富山の絵画だけではなく、そうした生き方にも惹かれる。 

 富山がみずからの生を書いた『アジアを抱く 画家人生 記憶と夢』(岩波書店)が、書棚にある。かつて読んだものだが、パラパラとめくる。富山の自覚的な人生が見える。みずからの生を自覚的に生ききる者にとって、「ぶれる」はない。

 今、選挙カーが通った。衆議院選挙が始まった。政治家の動きを見ていると、彼らはなんと下劣な人間どもかと思う。それについては後に書いてみよう。

 画家・富山妙子の美術作品と生の軌跡は峻厳さを帯びて高みにある。そこは輝いている。

 I learned in mid-January that Koseisha had published “The Transnational Artist: Taeko Tomiyama.” I ordered it from a bookstore, but it was out of stock. So I reserved it through Yodobashi Camera's online store, which I use for book purchases. It arrived today. The book was only published last December. I wonder why, since I don't think the name Taeko Tomiyama is that well-known as a painter.

 Tomiyama Taeko symbolically depicts the countless crimes committed by the modern Japanese state, the people suffering and struggling under these crimes, and what the modern Japanese state has discarded. Furthermore, Tomiyama's gaze extends to neighboring countries, where she recognizes and depicts the signs that the remnants of the modern Japanese state continue to torment people.

Tomiyama's gaze fixes firmly and intensely upon its subjects.
 

I begin reading this book. First comes Yuko Manabe's “Preface: To the Sea of ‘Traveling Performers’—Severed, Yet Connected.”

Yes, Tomiyama has painted pictures connecting people. It's not merely Tomiyama connecting; the paintings depict people gazing at them, connecting those involved in the paintings. The artwork featured at the beginning embodies precisely this.

 Yet Tomiyama doesn't just connect; he also “cuts.” Manabe's footnote notes: “When a prominent cultural figure he had collaborated with for years began showing an accommodating attitude toward the imperial system, Tomiyama distanced himself from this person. Eventually, their relationship naturally severed.” He ‘cut’ ties with those who “wavered.”

 Tomiyama is uncompromising. Yet it is this very uncompromisingness that underpins his paintings.

I am drawn not only to Tomiyama's paintings, but also to this way of life.

Tomiyama's autobiography, Embracing Asia: A Painter's Life, Memories and Dreams (the Publisher Iwanami Shoten), sits on my bookshelf. I've read it before, but I flip through its pages again. I see Tomiyama's conscious life. For one who consciously lives their life to the fullest, there is no “wavering.”

Just now, an election car passed by. The House of Representatives election has begun. Watching the politicians' movements, I think how utterly despicable they are. I'll write about that later.

The artistic works and life trajectory of painter Tomiyama Taeko are stern and lofty. That place shines.

Translated with DeepL.com (free version)  I made corrections.