2026年1月31日土曜日

【演劇】トム・プロジェクト プロデュース『モンテンルパ』

  1953年、フィリピンに収容されていた日本軍兵士のBC級戦犯108人が日本に帰還してきた。全員が帰還できたその背後で、歌手・渡辺はま子、真言宗僧侶加賀尾秀忍がたいへん尽力していたこと、それらを、歴史の事実として舞台化したものである。渡辺はま子がうたう「あゝモンテンルパの夜は更けて」が、その史実を象徴するものとされる。

 アジア太平洋戦争に於けるフィリピンでの戦闘、日本軍兵士はフィリピンでもっとも多く亡くなっている。戦死者の統計を、いくつかの自治体ごとに集計したことがあるが、断然、フィリピンでの戦争死が多い。戦争死と書くのは、日本軍兵士は戦闘で亡くなるのではなく、飢餓や栄養失調症など戦病死した者が6割をこえるからである。フィリピンで日本軍兵士は、きわめて過酷な戦場を経験している。大岡昇平が『レイテ戦記』、『野火』で描いた通りである。

 そしてもちろん、日本軍兵士は、フィリピンでも、残酷な侵略行為を行った。フィリピンでの日本軍兵士の蛮行は今でも確実に子々孫々に伝えられている。わたしも読んだことがあり、たとえば、赤ん坊を空に放り投げ、銃剣で突き刺したという事例が知られている。

 劇の前半、BC級戦犯の帰還問題を取り上げるだけで、そのようなことへの言及がないので、わたしはきわめて不満であった。しかし加賀尾がキリノ大統領を訪問したとき、キリノ大統領が日本軍兵士により家族を失ったこと、日本軍兵士がフィリピン人を閉じこめて火を放ったことなどを語ったので、やっと出て来たかと思った。

 さて舞台であるが、簡素な装置、登場人物は11人、それを5人でこなす。主人公の渡辺はま子は島田歌穂、加賀尾秀忍は大和田獏がそれぞれ演じたが、それ以外の9人を3人でこなすというもので、3人の役者の苦労が推測される。

 渡辺と加賀尾が奔走し、戦犯たちが帰還する過程が劇化されたわけだが、やはり劇のヤマ場は、キリノ大統領と加賀尾の面会の場面であろう。ここでのやりとりに、この劇を書いた作者(シライケイタ)の意図があり、ストレートにそれが伝わってきた。

 浜松演劇鑑賞会のパンフレットに、この劇の作・演出を行ったシライケイタの文が掲載されていた。

 戦争の背景に「復讐心がある」と考えるシライケイタは、この厄介な「復讐の連鎖に陥るのも、復讐の連鎖を断ち切るのも、人間にしかできない」とし、「この作品は、どうか人間が復讐の連鎖に陥ることなく、理性と愛情をもって他者を許す存在であってほしい、という切なる願いから生まれました」と書いている。

 「復讐の連鎖」は、世界各地で行われている。過去、自民族が受けた迫害が記憶の中から引き出され、迫害した者たちに「復讐」する、そうした事例はたくさんある。「復讐を断ち切る」ためには、迫害された者ではなく、迫害した者たちが、心からの謝罪と賠償を行う必要がある。そして迫害された者たちが「もういいよ」と言うまで、それは続けなければならない。そうしてはじめて「復讐の連鎖」が断ち切られる。

 残念ながら、この劇が描く歴史には、迫害した日本によるそうした謝罪と賠償が描かれていない。実際それがなかったから、描くことはできなかったのである。フィリピンの側、つまり迫害された側に、僧である加賀屋が働きかけて迫害された側の大統領の人間的な良心に訴えかけて戦犯の帰還が実現したのである。

 ということは、それでは「復讐の連鎖」が断ち切られたとは言えないだろう。「復讐の連鎖」を断ち切るためには、迫害した者たちが長い長い期間にわたる誠意ある謝罪が必要だ。はたして日本は、アジア太平洋戦争において迫害した人びとへの誠意ある謝罪をしてきたのか。いやしてこなかった。とりわけ中国や韓国・朝鮮へは。ということは、もし今後戦争がそれらの国との間で起きるなら、日本人に対しての「復讐」が繰り広げられるだろう。

 迫害した者たちはすでに忘れているのだろうが、迫害された者たちの記憶のなかには、くすぶり続けている怒りがある。それを想像できない愚かな政治家が政治のトップに立つことほど恐ろしいことはない。

 いま、それが現実化している。

 幕が下りた後、加賀尾役の大和田獏が、愚かなリーダーが国のトップになると、たいへんなことになると言っていたが、今やそれが現実なのである。

 会場は満員御礼、立ち見までいた。この劇を観た人びとが、この度の選挙で、賢明な投票行動をとることを心から望みたい。

 

  

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