歴史を研究するということは、過去の政治について考察の対象とするということである。政治史だけではなく、農業などの産業史、文化史・・・・・どの分野での研究においても、政治との関係は必須である。
しかし、わたしが属している研究会での例会や会報をみても、現在の政治と切り結ぶ内容がとりあげられることはほとんどない。長い間そういう傾向が続いているので、会報用にいくつかの原稿を送っている。毎回わたしの原稿を載せられないだろうから止む得ないが、これが現在書かれるべきものであるのかという疑問を抱くものが掲載されている。
近現代史の研究者でさえ政治を忌避する、あるいは関心を持たないのであるから、若者たちの間で政治が論じられないのは当たり前だと思う。
若い頃、遠山茂樹さん、原口清さん、海野福寿さん、田村貞雄さん、金原左門さん、ひろたまさきさんらとのつきあいの中で、現に自分が生きている時代の政治的課題を意識して研究テーマを設定すべきで、政治の動きにはビビッドでなければならないという意識を醸成してきた。これらの尊敬すべき歴史研究者とは、いかなる政治問題でも十二分に語り合うことが出来た。
先に紹介した『越境のアーティスト 富山妙子』に、「政治問題に関わる表現者は本当に食えない」という語りがあった(37)。政治に関わると、カネや地位とは無縁となる。決してトクになることはない。しかし、関わらないまでも、関心をもつ、問題意識を持つことくらいはできるだろう。
政治社会と隔絶したミクロな研究をおこない、みずからの趣味的な文を書く、というのが、現在の風潮である。
現代の政治社会的課題を見据え、今何を書かなければならないかを考えながら、書き、発表するというひとが、少なくなった。
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