もと『朝日新聞』にいた方から、朝日にはまだ「いい人」が残っている、ということを最近聞きました。でも、「いい人」の多くは出ていって、残っている「いい記者」は少ないのではないかと思います。『週刊金曜日』などの雑誌を読んでいますと、もと朝日新聞記者という肩書きの方が多いのです。朝日新聞社にはいられなくなったんだなと思います。
以前にも書きましたが、長い間『朝日新聞』を購読していたわたしは、「小泉郵政選挙」のときの社説を読み、その内容に驚き、その日のうちに新聞販売店に電話をかけて購読をやめました。詳細は忘れましたが、小泉純一郎の演説を聴くと気持ちがよくなるというような内容だったと思います。
新聞の購読者数が減っていますが、その理由は、権力迎合の姿勢に多くの読者が愛想を尽かしたのからではないかと思います。
最近、その『朝日新聞』に、「大転換期の日本の安全保障 ~新しい戦い方~」という連載記事がありました。こういう連載記事を載せるようなところまで、朝日新聞社は権力の片棒を担ぐまでになったのだと感慨深いものがあります。記者も、批判的な精神を持つことなく、権力に迎合する、いや権力の方向性の先を解説するというところまできているのだと思います。
朝日新聞社の歴史をみると、時に大きく変質することがありました。「満洲事変」までは軍部に批判的であった同社は、事変が起きたら、戦争推進の方向に転換しました。60年安保のときも声明を出して、右翼の暴力を無視して、デモを行ったいた人びとを秩序破壊の元凶として批判しました。
朝日新聞社は、リベラルの新聞社ではないということです。高市政権と共に、朝日新聞社も中国と戦うつもりなのでしょう。「新しい戦い方」で。
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