2026年2月1日日曜日

部活動

  学校に於ける部活動の負担が、教員の加重労働を強いていること、それに対して現場の教員たちが叫び始めた。

 わたしも長年、部活動の実態を見て、狂っていると思ってきた。こんなにも長時間部活動が展開されるようになったのは、1970年代である。1960年代末、大学だけではなく、高校でもいろいろな政治的な動きがあった。中学でもあった。現在の世田谷区長保坂展人さんは、麹町中学校の生徒からの活動家であった。

 政府はそれに驚愕してそのような「騒乱」を「絶対に」おこさせないよう、警察がCR(コミュニケーションリレーションズ)活動を行った。 「警察から地域住民への広報活動で」「地域住民の過激派に対する警戒心を促し、捜査協力や情報提供を奨励するものであった。CRは言うなれば、公安活動の為に地域住民を強力な味方につけると同時に過激派に対する一種の地域相互監視装置の構築を目指した」とウィキペディアは書いている。

 その学校版が、CRとしての部活動の必修化である。教員と生徒とのコミュニケーションを密にすること、日常的に接することによって生徒の思考を把握し、またスポーツに多くの時間をつかうことによって考える暇を子どもたちに与えないようにしたのである。それにともない、教員統制、教科書統制なども強化されていった。

 それが強化され、高校では早朝からの朝練、授業終了後の部活動、部活動終了後の自主練習。そして部活動ではタテ関係が重視され、新入生は奴隷としてつかわれ、最上級生は王様扱いされる。奴隷としての新入生はいずれ王様になることを思い耐え忍ぶ。授業は、部活動の生徒にとって体を休めるための時間と化し、居眠りが日常となる。それなしに、体を維持できない。本なんか読むことはない、そんな時間はない。

 授業で学んだことは、もちろん予習・復習をする時間がないから、野球部ではボールを打ったり、捕球したり、走ったりする中で消えていく。部活動生徒には、おそろしく知識量が少ない者がいる。しかしそうした生徒でも、大学へは部活動を3年間続けたことを評価されて入学する。そして大学卒業後、企業にも部活動枠で就職していく。中には、部活動の指導者になりたいと、教員を目指す。学校も、部活動の指導が出来るからと優先的に採用する。教科指導の力より、部活動を学校も重視するのである。

 他県の状況は、この静岡県とは異なるだろう。愛知県では、部活動は私学が担い、県立高校の部活動はあったとしても、同好会的なゆったりとした活動内容だと聞いたことがある。だから試合があっても、勝ち残るのは私学ばかりだという。それでいいのだと思う。静岡県の公立高校では一校を除き、スポーツ推薦枠を設定して部活動生徒を優先的に入学させる。

 学校教育を通して、知よりスポーツ(部活動)という原則がつくられ、その原則で生きた者たちが社会に出て行く。

 若者たちは、学校で部活動に塗り込められた時間を過ごすが、他にもいろいろな体験、沈思黙考、知への挑戦などがあるだろうが、それらは無視ないし軽視される。 

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