2025年11月10日月曜日

「極右化する政治」

  『地平』12月号には、高橋哲哉のインタビュー記事がある。「戦後80年、極右化する政治、劣化する歴史認識」である。

 わたしが属している近代史の研究会でも、「戦後80年」に関する内容は、例会でも会報記事でも取り上げられていない。あまりにひどいので、みずから二本書いて送った。研究会でもこのような状況だから、歴史認識の劣化は進んでいると思わざるを得ない。

 歴史研究に従事してきたわたしは、過去の歴史を研究する際にも、つねに現代の課題を見据えてテーマを選んできた。しかし最近の研究には、それがみられなくなった。歴史認識は、自分自身が生きている時代の認識があってはじめて研ぎ澄まされる。庶民はそうした認識をもつことはあまりないだろうが、歴史研究者にもそれがなくなっている。

 だから、極右の女性が首相になり、その支持率が80%などというばかな数字が生まれるのである。

 現代社会は、体制に従順であったり、さらに体制が望むことを先走って主張すればするほどカネがはいってくる。わたしのように、いつも批判的精神を発揮している者は、社会に於いて冷遇される。したがって、カネははいってこない。 

 高市という人物は、そうした時代風潮を知り、体制が右へ、右へと進んでいる状況を先取りし、それに沿った主張をしてきた。このインタビュー記事でも、彼女の言動が紹介されている。

 彼女は一年生議員の時、国会質問で、「少なくとも私自身は、当事者とは言えない世代ですから、反省なんかそておりませんし、反省を求められるいわれもない」と、1945年に終わった戦争について述べている。わたしの思考とは正反対である。わたしも戦後世代ではあるが、大日本帝国がおこなった植民地支配や侵略にたいして、先祖がしたこととはいえ申し訳ないことをした、と頭を垂れる。

 また彼女は、靖国神社崇敬奉賛会主催のシンポジウムで、「途中で参拝をやめるなど、中途半端なことをするから相手がつけあがるのだ」と言ったそうだ。彼女は、首相として、「相手がつけあがる」ことがないように、参拝を続けるのだろう。この「つけあがる」ということばにみられる傲慢さ。傲慢さを出せば出すほど喜ぶ人がいる、というのが、今の日本の姿である。

 また櫻井よしことの共著で、「戦争はない方がいいに決まっているのですが、その戦争が『自衛戦争』なのか『侵略戦争』なのかは、開戦時の『国家意思』の問題です」と語っているという。ロシアのウクライナへの侵攻は、その論理でいけば「自衛戦争」となるだろうし、戦争を起こす国家は、「侵略戦争を始める」などとは決していわないから、この世から「侵略戦争」はなくなるだろう。こういうことばを平気で口にする彼女は、おそらく思考力が欠如しているのだろう。

 こうした放言を振りまいている者たちに人気が集まるというのが、現在の日本である。

 わたしは、そうした背景に、日本人にものすごい知的劣化が起きていると推測している。知的劣化は、劣情に左右されるから、劣情が社会に蔓延していくのである。その劣情をうまくすいあげた者たちが脚光を浴びるようになる。そしてその劣情は、右へ、右へと進んで行く。右の方が、知を無視するからである。無知であっても許される。

 無知であることが恥ずかしいことであった時代は、もうなくなった。無知であることをあからさまに示せば示すほど、支持が集まる。その頂点に高市早苗がいて、それを支持する者が80%なのである。それが今の日本なのだ。 

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