2025年10月26日日曜日

「楽しかったね!」

  毎年、この時期になると『みぎわ』という雑誌が送られてくる。内村鑑三につながる無教会派のクリスチャンの方々による強い信仰の証しを記したものだ。

 不勉強のわたしは、いまだ一度も『聖書』を完全に読んだことはない。書庫に、2種類の『聖書』があるが、なかなかそれを読もうという気にならない。他に読まなければならない本がたくさんあるからで、いつか、いつかと思いながら今になってしまっている。

 だから、『聖書』の解釈について書かれた文は、よくわからないので、そこは読まずにいる。わたしが熱心に読んだのは、2024年に昇天された西川求さんについて書かれた文である。

 人は必ずこの世から去らなければならない。高校生の頃、そのことについていろいろ考えたことがあった。その時の結論は、「悔いなき死」を迎えるということであった。「悔いなき死」を迎えるためには、「悔いなき生」を生きなければならない、というものであった。

 それからあまり考えることはなかった。しかし、一昨年2月、母が100歳で亡くなった。母の死に関わる諸々のことを処理していく中で、わたしが思ったことは、みずからの死を考えないで来られたのは母のおかげであるということだった。母が生きているということは、息子であるわたしにとって死は直面するものではなかった。母が盾となって、わたしを死から遠ざけていてくれたのだ、ということを思った。しかし母が亡くなったとき、あゝ次はわたしの番だと認識した。母が長生きしたように、わたしも、子どもたちの盾となって、子どもたちを死から遠ざけておかなければならない。生きているということは、すばらしいことであるからだ。

 西川求さんが素晴らしい人間であったことは、書かれた文から読み取ることができる。模範的な人生を送られた方だ。エネルギッシュで、思いやりがあり、統率力もあり、頑張り屋で・・・・まさに生き方を学びとるべき人間である。

 そしてその仲間たちも、同じように素晴らしい人びとであったことだ。そういう仲間たちをもったことが、西川求という人間をつくったのだろう。人はひとりでは生きていけない、仲間たちと触れ合い協働するなかで、人間はよりよい人間になっていく。

 西川求という人間とその仲間たちを結びつけたのは、キリスト教という信仰であった。

 その仲間たちも、ひとり、またひとりと昇天していく。仲間のひとり、竹内羊さんが亡くなられ、火葬にふすとき、奥さまの礼子さんが「お父さん、楽しかったね!」と語りかけた。

 「楽しかったね!」、何気ないことばではあるが、このことばは、人生をともに歩んできた人だからこそ、言えるものだ。それは、竹内さんという人間の人生を全面的に肯定することばでもあるし、同時に奥さまや家族との生活をも肯定する、力強いことばだ。

 わたしは、なぜ母が火葬にふされたとき、母に「楽しかったね」と言ってあげなかったのか。わが家は、わたしが2歳のときに父が病死し、母が働いてわたしと姉とを育てた。苦労した話も聞いている。だけど、苦しかったという思い出よりも、母と共に生きてきた日々は、「楽しかったね」ということばをこそ、かけるべきであった。母の苦労や人生を、全面的に肯定することばであるからだ。「ありがとう」ということばは、何度も何度も繰り返した。そのあとに、「楽しかったね!」というべきであった。

 西川求は、「生きる(永遠の命)ために死」を迎えた。神のもとで、永遠に生きる、そのための死であること、キリスト教の信仰である。西川求の仲間たち、家族は、西川求が「神様に招かれて天国に」行ったと思っている。

 キリスト者でないわたしも、母は浄土に旅立ったと思っている。毎日毎日、わたしは母に語りかけている。そのなかに必ず、「楽しかったよ」と言おう。いずれわたしも、同じところに行く。わたしを浄土に送り出す子どもや孫、仲間たちから「楽しかったね!」といわれるような人生を生きようと思う。 

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