2025年7月27日日曜日

『逍遥通信』第十号

  北海道札幌の沢田展人さんが発行している『逍遥通信』第十号が一昨日届いた。

 『逍遥通信』という雑誌の初見は第七号、その特集は「追悼 外岡秀俊」追悼号であった。その刊行を知ったことから、沢田さんに連絡して送ってもらった。朝日新聞記者であった外岡秀俊に強い関心を持っていたわたしは、外岡の著書もたくさん読んでいたから、彼が郷里の北海道で突然亡くなったことを知り、外岡についてもっと知りたかったからであった。

 その七号について、「浜名史学」に書いた文をそのまま掲載する(2022年10月30日)。 

 

『逍遥通信』第七号をほぼ読み終える。日曜日に届いてから、他の本を読むのをやめて読み進めた。

 外岡秀俊への追悼文が網羅されているのだが、それぞれ内容があり、私の前頭葉が大きく刺激を受けた。

 外岡が書いたものは、多くの追悼文に書かれているように、その文の背後に膨大な知の集積が顔を覗かせている。深みのある文は、そうでなくては生まれてこない。文は、何ごとかを書こうとする意思を、文字というもので表現するものであるが、しかし意思と文字は常にイコールではない。主張したいといういまだ混沌としている意思(集積され、もつれ合った知の束)を、あたまのなかで整理して明確な意思に昇華させる。と同時に、どういう文字を使用するかを考える。そのためには豊かな語彙をもつことが必要だ。それなしに意思を表現することは不可能である。それでもみずからの意思を100%忠実に表現することはできない。

 外岡の文は、豊かな語彙と集積された知が弁証法的に止揚された名文である。しかしだからといって、彼の文がすべてよいというわけではない。外岡が若い頃に書いた「現場から」のように、文学的な装飾を加えたものは、あまり好きではない。小説は小説、その他の文には装飾はいらない。その点では「傍観者からの手紙」のほうがずっといい。

 私の文章の書き方は、紆余曲折を経て、本多勝一の『日本語の作文技術』から学びとったものだ。文学作品ならいざ知らず、そうでない文に文学的な装飾を加えることは好ましくないと思う。みずからが主張したいことを簡潔に、わかりやすく書くことこそが大切だと思う。2010年代の「傍観者からの手紙」は、それぞれに膨大な集積された知がちりばめられているが、すっきりしていて読みやすい。

 さて本書には、多数の追悼文が載せられているのだが、それぞれの書き手が素晴らしい。だから読んでいて教えられる。外岡の多方面にわたる豊かな交友関係がこの本に示され、それぞれ書かれていることを総合すれば、外岡の高校時代から現在までの時空が表現されていると言ってよいだろう。

 だから本書はすばらしいのだ。ひとりの巨星のような人間がいるということは、そのまわりに巨星を巨星たらしめた人びとが存在しているということだ。巨星はひとりで巨星となることはできない。彼らがいてこそ、巨星は輝くことができるのだと、つくづくと思う。そういう場が新聞社や札幌などの地域にあった、あるということだ。うらやましい限りである。

 ひとりの知の輝きは、周辺の人びとがもつ知とのスパークによって生ずる。

 年一回発行される『逍遥通信』であるが、毎号「知のスパーク」を感じる内容となっている。

 前号と今号には、『外岡秀俊という新聞記者がいた』という本を書いている及川智洋というもと朝日新聞記者が書いている。その本はわたしも購入して読んだが、可もなく不可もなく、というものであった。及川が『逍遥通信』に寄せた文は、『逍遥通信』に関わっている人びとに対してなか挑戦的なテーマを書いている。

 前号の内容について、今号で沢田さんが批評を加えている。

 「高みに立ってこの世界についてあれこれ論評し、いかにも知者であるかのように振る舞う生き方は、その論評内容がいかに知的レベルの高いものであっても、とうてい受け入れられない。地に足をつけ困難な現実と戦い、よりよき社会を目ざす実践のなかから思想を紡ぎ出す者のことばを信じたい。」 

 まさに及川の文は、「高みに立って」あたりを睥睨するような文である。そこには、外岡にあった謙虚な姿勢が感じられない。そして、エビデンスのない思い込みが先に立って論を展開している。及川には現状に対する批判的精神が欠如しているようだ。

 沢田も、そして外岡も、「高校紛争」の時代を生きた。わたしも、である。そのなかで、獲得したのは、社会を見る際の視点、どの立場から見るか、ということだ。わたしの場合は、底辺からの視点、底辺から社会を見上げると社会全体が見える、という視点がたいせつであるということを高校時代に持ったということである。沢田の先に引用した文には、わたしと同じような視点があることを感じる。

 それ以外の文をよみ続けているが、「地に足をつけ」た文が並び、読み応えがある。 

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